食堂で力なくゼリー飲料をくわえていた私を見て、トレー片手にやってきたミッドナイトさんが面白そうに揶揄う。ふるふると首を横に振って答えると少し不思議そうな顔をしながら向かいの席に腰を下ろした。
「名前ちゃんってば、でっかい口内炎できちゃってんだと!! 喋るのも、食べるのも何するのもイテェってわけっ!!」
「どうせ、菓子の食いすぎだろ」
ひざしの説明に頷きながら、余計なことを言う相澤さんをキッと睨みつける。舌の付け根に出来てしまった口内炎は、ひざしの説明通り本当に何をするにも痛い。喋らなくても食べなくても、舌が動くだけで痛い。午前の授業はなんとか気合で乗り切った。お腹は空いているのに、満足に食べられないのが辛い。ちゅうちゅうと吸い出したゼリーを飲み込むと、痛みが走る。こんなところに口内炎ができて、普段意識していないだけで舌って意外と働いているんだなと思い知らされた。
「なぁーそんなツレーんだったら、ばぁさんに治してもらえってっ」
「そんなことに個性使わせんなよ」
「だってよぉ、俺だってツレーんだぜ!?」
「あら? なんでマイクが辛いのよ」
「治るまで、チューしちゃ駄目なんだとっ!! ちょっ、イッ、テェッッッッ!!」
余計なことを口走ったひざしの足を反射的に思いっきり踏みつけると、食堂中にひざしの叫び声が響き渡り慌ててその口を両手で塞いだ。小さな振動すらいちいち痛みに変わる。案の定、冷ややかな視線を送ってくる向かいの二人に、いたたまれない気持ちになってもう一度ぎゅっと強く、ひざしの足を踏みつけた。
「……軽くキスする分には口内炎は関係ないんじゃないかしら?」
「……」
「な? ほら、俺もそー言ったんだけどさぁー。名前ちゃんったら許してくれねぇーの」
「あら」
なんだか意味有りげな視線をミッドナイトさんに送られて、更にいたたまれない。隣の相澤さんからのゴミを見るような視線も辛い。ほらな? とドヤ顔でこっちを見るてくるひざしはウザい。治るまで絶対にしないんだから。
「んっ、はぁっ、っ、ちょっ!!」
固い決意をしてから数時間、残念ながら部屋に来たひざしのあまりにもしつこいお願いに屈してしまった。絶対に痛くしねぇから!! とまるで初めてのときみたいな台詞を口にしてから、遠慮がちに唇を軽く押し付けたり啄むように軽いキスを繰り返す。唇が触れ合うだけなのに、どうしてこんなに気持ちいいんだろうとふわふわとした気持ちに包まれていたときだった。突然、ぬるりと唇を割って入ってきた舌に慌てて、ひざしの肩を叩く。すぐに離れていったひざしはハっとしたような顔をして、気まずそうに頬を掻いた。
「あーっと、ワリィ……」
「……」
多分、ひざしも完全に無意識だったんだと思う。続きを欲しがるみたいに熱くなっていく身体を落ち着かせるように、ふーっと息を吐き出す。お互いのために、ここで終わらせるのがいいなんて分かりきっているのに。しゅんと悲しそうな顔をするひざしに、きゅうっと胸の奥が疼く。結局、私はひざしに甘いのだ。痛みに、眉間に皺を寄せながら舌を差し出すと、ひざしは驚いた顔をした。乱れた前髪をかきあげたあとに、おでこに手を当てて、それから少し目を細めて、とろんと溶けたように表情を崩した。
「いーのかよっ、んっ、ヤメてやれない、っ、かもよ?」
差し出した舌先に、じゅぷじゅぷと吸いつきながら聞かれた言葉に小さく頷く。口ではそう言いながらも、本当に私が嫌がったら止めてくれることを知っているからこそ、安心して身を預けられる。痛いけれど、気持ちよさが痛みを塗り潰していく不思議な感覚。不意に、ひざしの親指が目尻にそっと触れて、初めて自分が泣いていたことに気が付いた。