きっといつか、蝉時雨、残り香(百目鬼遙)



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きっといつか、蝉時雨、残り香




毎夜、同じような夢を見る。真っ暗で右も左も分からない場所に、ぽつんと一人で佇む私。酷く、不安で怖くて泣き出してしまいそうなところに、ふっと煙草の匂いが香る。その匂いの元を辿るように足を一歩、また一歩と恐る恐る踏み出した先に、あの人が立っていた。ゆっくりと振り返り「やぁ」と遙さんは言った。隣に並ぶと手に持った煙草を親指で何度かとんとんと弾き、灰を落としてから二人で歩き出す。真っ暗な中を遙と名乗る浴衣姿の男の人と歩くだけの不思議な夢だ。いったい何度こうして一緒に歩いただろう。寒いとか暑いとか感覚のないここでは、日付も時間の感覚もあやふやになる。確か、眠りにつく前は桜が散り始めていた。多分、もう何度もこうして歩いてる。少し二人で話しながら歩いて、遙さんが足を止めたところで夢は終わる。けれど、今日は少し様子が違っていた。

「遙さん、あれって……」
「あぁ。ここまでよく頑張ったね名前」

今までずっと真っ暗な中を歩いていたのに、突然少し向こうに大きな光の輪っかみたいなものが現れた。なんでか分からないけれど、そこを進めばもう、この夢は全て終わる。そんな気がした。

「さぁ、ここからはもう一人で行けるだろう?」
「……遙さんにはもう会えないんですか?」

いつまで続くか分からない暗闇の中、不安な私を支え続けてくれていた遙さんと離れがたい。少しざらざらしていて、低くて、でもどこまでも優しい遙さんの声が好きだ。

「そうだね。私が恋しいからって、ここに戻ってきてはいけないよ」
「……じゃあ、あそこにつくまで手、繋いでてください」

浴衣の袖に手を入れ、腕を組み立っていた遙さんは、ふっと小さく笑って袖から手を出した。差し出された手をぎゅっと握る。大きくて、ごつごつして、男の人の手だった。

「遙さんは、何者なんですか」
「秘密にしておくよ」
「いじわる」
「ははは。秘密が多い方が男振りが上がるだろ?」

だんだんと光の輪に近づいていく。その度に、身体が軽くなっていく感覚。思えば、最初の頃は身体が重くて思うように動けなかった。眩しさに比例して、力が漲っていく。

「ねぇ、遙さん」
「なんだい」
「また、きっといつか会えますよね」
「……そうだね。今度は幸せな夢の中で」

そう言って、遙さんがにっこりと笑ってみせた瞬間、そこで意識が途切れた。




「んんんっ……」

嘘みたいに重たい瞼を何とか持ち上げて、一番最初に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。私の部屋の天井はもっとクリーム色だったはず。次に聞こえてきたのは、ガシャンとガラスの割れる音と母の悲鳴だった。取り乱す母、バタバタと部屋に入ってくる医者や看護師たち。どうやら私は事故に遭い、随分と長い間、意識が戻らなかったらしい。突然の出来事に頭がついていかない。頭痛がする。こめかみを抑えるようにそっと手を当てると、掌からあの人の残り香がした。母が開けた窓の隙間から、降るような蝉時雨が聞こえてくる。頬に触れたぬるい風、無性に遙さんの声が聞きたくなった。


ワードパレット by ずずず(@onnajinioi)様




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