一粒の期待



「名字さん」

懐かしすぎる後ろ姿に、久しぶりに呼ぶその名前
ゆっくりと振り返った彼女は思い出の中にある姿とほとんど変わっていなくて、少し泣きそうになった。

「やっほー潔高久しぶりー。何歳になった?36?」
「名字さんより年上になるはずないでしょう……」

少し用事があって空けていた事務室に戻ると窓際に立ち外を眺める懐かしい後ろ姿を見つけ、忘れていた胸の痛みがぎゅっとぶり返すようだった。

私より一つ上、七海さんの同級生の彼女は「普通になりたい」と言って、ある日突然この世界から去っていった。だから、七海さんの復帰に関する色々な手続きを終えたすぐ後に「もう一人、出戻って来るみたいだからお願いね〜」と五条さんに言われ、その名前を聞いた時には驚いた。同時に、名字が変わっていない事に少し喜びを感じている自分もいた。

「……どうして、戻って来たんですか」
「ん〜?七海も戻って来たって聞いたから?」
「私に聞かないでくださいよ」

人手不足の呪術界に一級を有する優秀な彼女が帰ってくるのは関係者として大いに喜ばねばいけない事だろう。でも、私個人としては────戻って来て欲しくはなかった。遠く離れた世界で、普通に、幸せに暮らしていて欲しかった。たとえ、彼女の幸せの中に自分がいないとしても。生きていてくれれば、それでいいと思っていた。

「しばらく会わないうちに、私に随分冷たくなったね潔高」
「いえ、昔からこんな感じでしたよ」
「えー?先輩!先輩!って可愛かったんだけどなぁ。今は、んーリスペクトが感じられないよね」
「──────今でも尊敬はしていますよ」

「愛情もなくなってはいません」なんて零れそうになったくだらない言葉に、ぎゅっと少し強く唇を噛んだ。置いて行かれた私が未練がましく、まだ想っているなんて聞いたらあなたは嫌がりそうだから。

「人ってさ、普通に死ぬんだよね」
「はい?」
「呪いとか関係なく、普通に生活してても」
「まぁ、それは、そうですね……」
「じゃあ普通じゃない死、私に救える死はやっぱり放っておけないなって」
「……」
「だから、戻って来た」

あぁ、やっぱりあなたはいつでもカッコいい。一人の女性としてより前に、一人の呪術師として尊敬していた姿が変わらずそこにはあった。個人的な理由で戻って来て欲しくなかったと思ってしまった自分が少し恥ずかしく、ツンと痛んだ鼻の奥をごまかすように眼鏡に触れた。彼女は覚悟を決めてここに戻って来た。私はそれを全力で支えようと思う。

「さっ、じゃんじゃん祓ってくからサポートよろしくねー」

そう言って彼女は筋肉を解すように首を左右に倒してから、少し窮屈そうに着ていたYシャツの首元のボタンを一つ外す。

「……っ、」

そこから僅かに覗いた見覚えのあるネックレスに、どくどくと早鐘を打ち始めた鼓動が煩い。付き合って初めての彼女の誕生日に贈ったそれをまだ着けていてくれるなんて……。

「……期待させないでくださいよ」
「ん?」
「いえ、なんでも」

窓から差し込んだ光が一粒の小さなダイヤに反射してきらりと揺れた。

「ただいま、潔高」
「おかえりなさい、名前さん」




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