心の真ん中に居座るお姫様



「七海ー! 膝貸してー!」

ベンチに腰掛けて本を読んでいた七海を見つけ、返ってこない返事を肯定と都合良く解釈して、その隣に勢い良く寝転び膝を借りたことが始まりだった。高さだったのか、硬さだったのか、今となっては忘れてしまったけれど他の人とは違ったなにかが絶妙にしっくりきていて、よくお世話になっていた。硝子さんは悪くなかったけど煙草の匂いが苦手だったし、五条さんと夏油さんは硬すぎた。灰原は寝てる間にイタズラしてくるから駄目。伊地知くんは恥ずかしがって、膝を貸してくれなかった。

学生時代よりはコントロールできるようになったけれど、人並外れた呪力量のせいで、任務の後は極端に眠くなる。七海がいなくなって、硬いベンチや医務室のベッドで眠ることにもだいぶ慣れた。────それなのに。


車を降りて、うつらうつらしながら歩く私の前に現れたのは、あの頃のようにベンチに腰掛けて本を読む七海の姿だった。戻ってきたとは聞いていたけれど、実際に姿を見るのは初めてで、随分とゴツくなったなと思いながら通り過ぎようとした時だ。ぱたんと大袈裟に本を閉じる音が聞こえてきて、その音の元に視線をやる。すると少し首を傾げた七海と目が合った。ゴツくなった身体とは対照的に、痩けて疲労が滲んだ顔つきに流れた年月を感じた。きっと私も同じような顔をしている。とりあえず今は早く横になりたい。

「使わないんですか、膝」
「……硬そうだからいい。……それにもう、コントロール出来るし」

七海がいない間も、私はずっと1人で頑張ってきたと。そう、つまらない意地を張った。




慣れたはずの医務室のベッドがいやに、硬く冷たく感じられるのは絶対に七海のせいだ。怒っていないといえば嘘になる。だけど、七海の気持ちも痛いほど分かるから責めることも出来ない。恐ろしく眠たいのに、上手く眠ることが出来ずに天井に向かって息を吐き出した。ここで休まずに、家に帰ってしまったほうがいいかもしれないなと身体を起こしかけた時だった。「入りますよ」と硝子さんのものではない低い声が響き、返事をするより先にカーテンが揺れた。

「入っていいって言ってない」
「出来てないじゃないですか。コントロール」
「っ、今日はたまたまっ!! いつもは出来てるしっ」
「私の膝より、そのベッドの方がいいと」

突然やってきたと思えば、随分と勝手なことを言う七海に、ぷちんと何かが弾けた。いなかった間のこと、なんにも知らないくせに。頭にかぁっと血が上りキーンと耳の奥で不快な音が響いた。それを振り払うように何度か左右に振る。

「……そうだね。ベッドはいなくならないからね」

かろうじて「七海と違って」という言葉は飲み込んだ。それでもきっと、七海を傷付けるのには充分だっただろう。これで完全に七海との仲は壊れてしまったな。と乾いた笑いがこぼれる。

「良かったです」
「……なにが」
「何事もなかったみたいに振る舞われるより、そうやって責められたほうがよっぽどいい」

思いがけない言葉に、驚いてベッド横に立つ七海を見上げると随分と穏やかな顔をしていて更に驚いた。

「信じてもらえないと思いますが、よく名字のことを考えていました。きちんと食べてるだろうか、寝れているだろうか、────無事でいるだろうか、と」
「っ、」
「名字が無事でいてくれて良かった」

同期はみんないなくなり、ずっと1人で孤独だった。不安に押しつぶされそうになったことは1度や2度じゃない。それでも何とか今日まで踏ん張ってきた私の心にその言葉は痛いぐらいに真っ直ぐに、刺さった。こんなの泣くなってほうが無理だ。前に泣いたのは一体いつだったか。七海に見られたくなくて、両手で顔を覆って嗚咽を堪えていると、ギっと音がして七海に抱きしめられていた。嗅ぎなれない、なんか大人みたいな匂いがする。顔を覆っていた手を下げてから、ぐしゃぐしゃと目の前の整えられた髪型を崩すと、現れた前髪に少しホッとした。

「これから少しずつ、また信用してもらえるように努めます」
「……もう七海の膝は硬そうだから借りないよ」
「……」
「大胸筋も硬くてごつごつしてるし」

文句を言う私に、困ったみたいに七海の眉が下がる。

「……だから、私が寝るまで手、握ってて」

頬に手を添えて「ほっぺまで硬い」と笑うと、その手にそっと七海の大きな手が重なった。



「おや。……2人して、随分といい顔で寝てること」



title by icca様







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