ヘビースモーク



「お」

ふーっと吐き出した紫煙が空へとのぼっていく。その行く末をぼーっと仰ぎ見ているとそこに大きな影が重なった。

「伊地知君が探していましたよ」
「げっ、」
「あまり彼を困らせないように」

落ちてきた熱を持たない極めて静かな声に適当に相槌を打って、携帯灰皿に煙草の先端を押し付けた。

「七海は、禁煙しろとか言わないよね」

火の始末をする様子をじっと見ていた七海を見上げ、不意に湧いた疑問を口にした。学長はまるで親のように口煩く禁煙しろと顔を合わせる度に言ってくるし、日下部は自分が禁煙中だからって何かにつけて文句を言ってくる。五条は特に言わないけど常にうるさい。だから、七海みたいに放っておいてくれる人は気楽で良かった。

「きちんとマナーを守っているのならば、個人で楽しむ分には問題ないでしょう。いい大人なんですから自分の健康には自分で責任を持てるでしょうし」
「さっすが七海!わかってるー」
「まぁ、でも名前さんの気が変わって禁煙したいと思った時には教えてください。私にも手伝える事があると思いますので」
「いい医者知ってるとか?」
「いえ」

いきなり、ぎゅっと両手首を掴まれ、ええ?と思っているとゆっくりと七海の顔が近付いてくる。互いの鼻が触れ合う近さで止まった七海の顔、サングラスの奥にある瞳を覗くけれど真意はわからない。

「禁煙すると口寂しくなると聞きますからね」
「……意外。七海って好きじゃない相手ともキス出来るタイプだったんだ」
「そんな軽薄な男に見えますか」
「見えないから驚いてる」
「合っていますよ。そんな軽薄な男ではありません」

やってる事と言ってる事が合ってませんけど?とぱちぱちと瞬きを繰り返す。この距離では睫毛さえも触れてしまいそうだ。

「その条件を私の方はクリアしているので問題はありません」
「……あれ?私もしかして今、口説かれてる?」
「そうですね。少しでも意識してもらえると伊地知君に変わって名前さんを探し回った苦労も報われます」
「あ、伊地知っ。今頃泣いてるかもっ」

その言葉に報告書の作成をサボっていた事を思い出し、掴まれたままの手首をゆるゆると振ると案外あっさりと大きな七海の手は離れていった。

「あ、そうだ」
「はい」
「私、禁煙なんてしないからね」
「では、口寂しいからという理由でキスをするより恋人だからという理由でキスをする方が先になりそうですね」
「……せいぜい頑張って口説いて」
「えぇ。名前さんも頑張って口説かれてください」

七海は一体どんなキスをするんだろう。ふにふにと自分の唇に触れながらさっきまで目の前にあった薄い唇を思い出す。あまり柔らかくなさそうなそれを思うと、なんだか無性に煙草が恋しくなった。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -