瞳の奥に潜む怪物
「今日、五条さんが」
「あ、」
シンクに打ち付けられた水音に混ざって建人の声が響いたのと、 つけっぱなしになっていたテレビに私の好きな俳優が映ったのは同時だった。
「──なんて聞いてくるので……」
「うん」
「……と言ったのですが──」
「あーうん」
テレビの音とお皿を洗う音その2つに挟まれて、建人の落ち着いた低い声は聞き取りにくく、悪いと思いつつも相槌が適当になっていく。
「……」
「あー」
「私の話を聞いていませんよね」
「んーそうだよねぇ……」
「……はぁ」
あぁ、かっこいいなぁ。スッとした鼻筋とキリッとした涼し気な目元がどことなく建人に似ている。でも、やっぱり建人の方が……そう思いキッチンに立つ本物を見るために振り返ろうとした時だった。不意に座っていたソファがぐいと沈み左耳に吐息が掛かる。あ、と思った時にはもう遅かった。
「私より彼の方がいいですか」
「っ」
この声に私が弱いのを分かっていてわざと直接耳に甘く低いその声を注ぐように問いかけてくる。
「どうなんです」
「け、建人の方がかっこいいっ」
「……」
「ひゃっ!?」
絞り出した答えが気にいらなかったのか否か、厚い舌が耳に触れ、ゆっくりと這うように耳の輪郭をなぞっていく。くちゅりと濡れた音の合間に混ざる建人の吐息にぞくと背筋が震えた。
「っあ、……んっ……!」
窪みに差し込まれた舌が、ゆっくりと円を描くように動き始め耐えられなくなった私は声を押し殺すように右手の甲を自分の口元に押し当てた。そこに建人の大きな手が触れ、指の一本一本を確かめるように撫でていく。先程まで水に触れていたはずなのに、その指先は熱を帯びていた。
「っ、ふっ……っ」
「……ん」
ただ軽く触れられているだけなのに身体が熱くなり、びくびくと震え始める。その反応に満足したのか最後にちゅっと音を立てて離れていった唇。やっと解放されてホッとしたような、少し、残念なような気分になる。
「……」
「……」
「そんな顔をしないでください」
「え?」
先程まで舌が触れていたそこに、指が触れた。舌の動きを思い出させるような触れ方に呼吸の仕方を忘れたみたいに動けなくなった。
「────物足りなかったですか」
「な、え、いやっ、そんなことは」
「そうですか」
細められた瞳の奥がゆらゆらと揺れる。
「私は、物足りなかったです」