冬が寒いのは寂しがり屋の所為じゃない
「ただいまー」
ちょっとふらつきながらブーツの底についた雪をトントンと落とす。たいした量の雪ではなかったけれど、落としきってから玄関の中で落としたら蛍くんに怒られるんだったとハッとした。そこで、シーンと静まり返る真っ暗な部屋の中に気が付く。あぁ今日は練習が終わってからそのまま移動の日だとストーブをつけながら何日か前のやりとりを思い出していた。日中空けていた部屋は、冷え切っていて暖まるまでに時間が掛かる。ストーブの前に蹲ってスマホを覗くと「ちゃんと雪落としてから入りなよ。いってきます」と蛍くんからメッセージが入ってて、読まれてる。さすがミドルブロッカーなんてくだらない事を考えてたら、なんだか無性に蛍くんに会いたくなった。もうホテルで一息ついてる時間かなぁ。
「……もしもし」
「あ、出た」
「名前は僕のこと幽霊か虫だと思ってる訳?」
「え、いや。今、話してて大丈夫?」
「……同室の奴がお風呂から戻ってくるまでなら」
蛍くんの声ってなんでこんなに落ち着くんだろう。今朝まで一緒にいたはずなのに、もう会いたい。
「今、帰ってきたの?」
「うん」
「雪は」
「あ、えっと、落としたよ」
「じゃなくて、降ってるかどうか」
「そっちかー。パラパラって感じ」
「嘘ついてるのバレてるからね」
え、ミドルブロッカー怖い。凄い。と本日2回目のミドルブロッカー月島蛍への賛辞を心の中で贈る。なに言ってんの、と呆れた顔をする蛍くんを想像したら途端に部屋の中が広くなったような気がして寂しくなった。声だって小さいし、身体だってだいぶ厚くはなったけど、まだまだ細長いからそんなに圧倒的な存在感を部屋の中で放っている訳じゃないのに。
「……帰ってきたら、部屋寒くて」
「なに、いきなり」
「蛍くんいないの思い出して」
「……うん」
「寂しくて、会いたくて、蛍くんのこと好きだなって思った」
「……」
もう何度も、遠征で蛍くんがいない夜なんて経験しているはずなのに冬は駄目だ。寒さが人恋しさを加速させていく。それを分かっているから蛍くんも「今朝まで一緒にいたじゃん」とか「たった数日デショ」なんて、いつもみたいに煽ってこない。
「蛍くんは?」
「なにが」
「好き?」
「……言わなくても分かるでしょ」
「駄目。ちゃんと言って」
面倒くさい女の子みたいだなって思うけど、蛍くんは愛情表現が下手くそだから、定期的な確認作業が重要だ。本当は蛍くんの両頬に手を添えて、その色素の薄い綺麗な瞳をじっくり覗きながら聞きたいけど今日は電話越しで我慢しよう。
「おーい、ツッキー風呂いいよー」
突然、遠くの方から聞こえてきた声はきっと、同室のチームメイトのものだ。その声に「分かりました」と蛍くんは少し声を張って答えた。残念だけれどここでお終いだ。「明日、頑張ってね」と潔く、それだけ言って切ろうと口を開きかけた時だった。
「……心配しなくていいよ。ちゃんと名前と同じだから」
早口で告げられた言葉の意味を飲み込むより先に、じゃあねと電話が切れた。再び、静まり返った部屋の中、告げられた言葉を脳内で反芻していく。繰り返すたびに言葉がじわじわと胸の真ん中に染み込んでいって、そこから少しずつ身体中が熱くなっていった。いつの間にか、あんなに冷え切っていた部屋の中も暖かくなっている。でも、やっぱり早く蛍くんに会いたいなとストーブの前から立ち上がり不意に覗いた玄関には、小さな水溜りが出来ていた。
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