大砲の威力
ヒーローインタビューが終わり、ハイライトが始まったところで、ふーっと息を吐き出した。試合を見ているときの緊張感には未だに慣れない。それに加えて、若利くんの場合ヒーローインタビューも油断ならないから困る。試合中とは違った緊張感。結婚してすぐの頃、おめでとうございますの流れから奥さんに一言と言われ「もう少ししたら、帰る」と言い放った映像は、オフシーズンにテレビに出るときには必ずと言っていいほど使われてしまっていた。そして、本人はどこがおかしかったのか未だにピンときていないから本当に困る。なんて思っているうちに、映像は終わっていてスタッツ情報の後ろでコートサイドの様子が映し出されていた。
「……」
そこにはファンの人と会話している若利くんが映っていて、ファンサービスもだいぶ板についてきたなぁと感慨深いのと同時に、他の人にもこんな風に柔らかい優しい顔見せちゃうんだ……と思ったら、ぎゅっと胸が痛くなった。
家事を終え、持ち帰ったファンレターを真剣に読んでいる若利くんの隣に腰をおろす。テーブルの上に並べられたファンレターの数は日に日に増えていた。素直にありがたいことだなとも思うけど、あまりにも真剣に見ているから中継を見ていたときのこともあって、ちょっとまた胸が痛む。日本の大砲としてのコート上の視線はみんなの物だから、プライベートの牛島若利の視線は独占したいなんて、たまに思う。横から胴にぎゅっと抱きつくと若利くんからは、私が洗濯した匂いがして、安心した。かさ、とテーブルに手紙を置く音が聞こえた。
「この体勢は辛くないか」
「……抱っこして」
「こうか」
「ん」
子供みたいに抱き上げられて膝の上に降ろされ、改めて正面から抱きつく。太い首に腕を回して首筋にグリグリと額を押し付けた。ついさっきまで力強くボールを叩いていた大きな手が後頭部に触れ、たどたどしい手つきで撫でていく。少し待っていても若利くんは何も聞こうとしないので、モヤモヤを解消するために重たい口を開いた。夫婦生活において若利くんの察する機能の実装、早くお願いします。
「……さっき、ファンの人と話してる若利くんが中継で映ってた」
「?」
ストレートに嫉妬したって言わないと若利くんには伝わらない。でも、それを言葉にするのはなかなか勇気が必要で躊躇っていると、黙っていた若利くんが突然あぁ、と思い出したような声を上げた。
「奥さんにも何か贈りたいので好きな物を教えて欲しいと尋ねられた時だと思う」
「え?」
予想外の言葉に埋めていた顔を離し、彼の顔を見ると画面越しに見た、あの柔らかい優しい顔をしていた。私のことを話していたからなんだ……と思うと何だか恥ずかしくて、思わず目を逸らす。その程度で照れていた私に言ってやりたい。おい、もっと凄いのが来るぞと
「だから、きちんと、名前が一番好きな物は俺だと答えておいた」
嘘でしょ!? 嘘であって欲しい。と祈るような思いで逸した視線を戻し若利くんを見ると、その瞳はどこまでも真っ直ぐで頭を抱えた。いや、間違ってはいないんだけどさ。コートの外で大砲の威力を発揮しないで欲しい。
後日、そのファンの方から試合中の写真と「牛島夫婦推しです」とありがたいお手紙を頂きました。