ビトウィーンザシーツ
ワードパレット
夜、濃厚、ひとときの
また振られた。というか今回は私が付き合っていると思っていただけで相手からしてみれば、付き合ってすらいなかったみたいだ。陰鬱な気分を払拭する為にいつものように幼馴染に電話を掛けると「んだよ。また振られたんか。あ゙?てめェは男に振られた時しか連絡寄越さねぇじゃねぇかよ!! 」と電話口で怒鳴られてしまった。怒鳴られることを見越してスピーカーフォンにしていた私が勝ち誇ったように笑うと更に怒鳴られた。
「……で、いつ空いてんだよ」
「勝己は?」
「てめェに合わせる」
2日後、夜七時からなら空いていると伝えると勝己も問題なかったようで「予約入れとく」と言ってあっさりと電話は切れた。いつからか、失恋した時には勝己に愚痴をきいてもらうのが恒例行事になっていた。連絡をする度に、うぜぇだの、暇じゃねぇわだの文句を言いながらも付き合ってくれる勝己は優しい奴だと思う。ほら、ヒーローだから基本的に困ってる人間を放っておけないんだよね。ヴィラン面だけど。
「なんなの?世の中の男って?私のこと振るように遺伝子レベルで改造されてるの?」
「あ゙?誰が改造すんだよ」
「悪の組織的な?」
「なんのメリットあんだよ、んな暇じゃねーわアイツら」
「……私のどこがダメなんだろ。見た目?中身?」
ジョッキの下に溜まった水滴をお絞りで拭き取りながら、だんだんと声が小さくなっていく。モテない訳ではないと思う。今まで付き合った人は皆、向こうから告白してきたし……。けど、少し付き合うと皆一様に「君にはもっと、相応しい人がいると思うよ」なんて少し怯えたようにして去っていってしまう。ってことはやっぱり中身が問題なのかな……。ぐるぐると考えているうちに、自分の問題点が浮き彫りになるようで気持ちが沈んでいく。
「男見る目ねぇだけだろ。クソみてぇな男ばっか選びやがって」
「えーそうかなぁ?」
「……目の前にとびきり最高な男いんのに選んでねぇだろ。それが証拠だクソったれ」
「え?」
「俺を選べや」
え?今なんて言った?急な展開について行けずにいるとテーブルの上に身を乗り出した勝己の手が後頭部にまわり、ガっと勢い良くテーブル越しに引き寄せられる。抵抗する間もなく唇を捕らえられた。
「んんっ!?」
「……っ、嫌ならこれでやめる。どーすんだ」
まさか、勝己がこんなことをするなんて。ひとときの気の迷いならやめてくれ。そう思いつつもぎらりと濃厚な夜の匂いを孕んだその瞳にぐらりと揺れる。
「……そんな、急に言われても……困る……」
そう言うと、勝己は少し目を伏せて乗り出していた身を元に戻した。私も身体の力が抜けて、崩れるように座り込んだ。
「急じゃねぇ。ずっと腹ん中で思ってたわ」
「……勝己と付き合って……ダメになったら、今までみたいにいられなくなっちゃう……」
そうしたら、私はひとりぼっちだ。今まで失恋しても勝己がいたからどうにか前を向いてこれた。その勝己がいなくなってしまったら私はどうすればいいの?なら、ずっとこのままの関係でいたい。
「はぁぁ゙゙?!てめェが今まで付き合ってきたクソモブ共と一緒にすんじゃねぇよ!!!俺と付き合ってダメになるとかありえねぇんだよ!!!一生幸せにするわクソったれ!!!」
「……えぇ……?」
防音がしっかりとした個室のお店で良かった。内容は愛の告白のはずなのに、凄い剣幕で怒鳴られているせいで、すんなりと頭に入ってこない。
「……つまり、別れたりなんかしないから、そんな心配しないで俺の物になれ……と?」
腕を組みながら、私の問い掛けに頷いた勝己はどこか満足そうだった。
「何の為に俺が今まで一人でいたと思ってんだよ。────いい加減、俺の物になりやがれ」
私は、知っている。爆豪勝己は嘘はつかない。やると言ったらやる男だ。その勝己が言うんだから、頷けばこの先、私を待ち受けているのは身に余るほどの幸福だ。
「……私、物じゃないんだけど……」
「あ゙?ガキかよ……」
ジョッキに伸びいた勝己の手が止まり、息を深く吸い込む音がした。
「好きだ。名前の一生、俺に寄越せ」
変わらずに乱暴な物言いだけれど、さっきとは違う落ち着いた声のトーン。真っ直ぐに私を捕らえる瞳はどこまでも優しくて、その言葉は今度はすんなりと私の一番奥深くに入り込んで溶けていった。
ワードパレット by しずく(@aqua_drama)様