深緑に浸る



「ねぇ!出久!また買ってきたの!?」
「えへへ、名前ちゃん……ごめん。でも、これ絶対に名前ちゃんに似合うと思うんだ!」

仕事を終え、家に帰るとリビングに並べられた沢山の紙袋。それを見た途端にどっと仕事の疲れが身体に降り掛かってきたように身体が重くなった。悪びれる様子もなく、少し照れたように頬を指で掻く出久。久しぶりのオフに一人で出掛けていったから、もしかして……とは思っていたけれどこんなに買ってくるとは……。

「ほら、見てよ名前ちゃん!これなんか、君にぴったりだと思うよ。名前ちゃん手足が長くてスラっとしてるからこうゆう服が────」

ガサガサと紙袋を漁り、次々と取り出した物の説明をする出久の瞳は少年のようにキラキラと輝いていて、お腹の奥底から湧き上がってきた言葉の数々を飲み込む。仕事で使う服以外全てNo.1ヒーローデクカラーで埋め尽くされてきているクローゼットの中を思い浮かべて、小さく息を吐き出した。一度、何で同じ色の服ばっかり買ってくるのかと聞いたことがある。すると、出久は「え?あ、ほ、本当だ」と驚いたような顔をしていて、私の方が驚いてしまった。意図的にではなく、無意識にやっているらしい。

「……そんな事しなくても、私はどこにも行かないよ」
「ん?何?何か言った?」
「……何でもない」

多分、ストレス解消と一種の束縛なんだと思う。周りに相談しても「愛されてるねぇ」と笑われてしまうし、私自身これ以上クローゼットを逼迫しないで欲しいという点と、そんなに無駄にお金を使わないで欲しいという点以外さほど気にしてはいなかった。仕事で着る服は自由にさせてくれているし、僅かな一緒に過ごせる時間の中でぐらい出久の好きにさせてあげたかった。

「ちょっとクローゼットの中、整理しなきゃ」
「もう少し、広い所に引っ越そうか」
「No.1ヒーローの財力チラつかせないでくださーい」

もう、すぐこれなんだからと笑いながら出久の側にあった深緑のワンピースを手に取り広げてみる。うん、可愛い。選ぶ物のセンスは抜群にいいんだよなぁ。と、その時私の視界に入った何も施してない薄いピンク色の爪が目に止まり、その瞬間、これだと思った。




「はい、出久これお願いしまーす」
「え?これ、僕がするの?」
「うん」
「初めてやるから、その、上手くできなかったらごめんね……」

ドラッグストアで買ってきた小瓶を3つ押し付けると出久は戸惑いながらもそれを受け取った。

「最初はこれを塗って、次にこの色のついたやつ、で最後はこっちの透明なやつね」
「うわぁ、これはなかなか……手が震えるね……」

ゴツゴツとした大きな手がマニキュアの小さな蓋を持つ様子はとてもアンバランスだ。

「はみ出しても取れるから大丈夫だよ」
「わ、分かった」

空いている方の手で私の指先が動かないように固定して、筆を滑らせていく。じっと指先に注がれる真剣な視線を見ていると何だかドキドキしてしまう。出久の指先の震えが私にまで伝わってきた。ベースコートを塗り終えた出久は詰めていた息をふぅーっと吐き出し少し筋肉を和らげた。

「えーっと次はこれだね」
「うん。二回ぐらい塗るといいかも」

ベースコートでコツを掴んだのか、次々と指先が深緑に彩られていった。

「よし!これで終わりかな……?はぁー。緊張したよ……」
「凄い……。出久上手だね」

トップコートを塗って完成し、つやつやと輝く指先をうっとりと眺める。出久は額に薄っすらと滲んだ汗を拭い、安心したように表情を崩した。

「ほら、これならいつでも出久と一緒にいるみたいでしょ?」
「名前ちゃん……」
「洋服より、いつでも見えるし……ってちょ、まだ乾いてないからね!?」

突然ぎゅーっと抱きしめられ、まだ乾ききっていないマニキュアがよれないように慌てて両手を上にあげた。

「好きだよ。大好き名前ちゃん」
「……またやってね」

幸せそうに笑う出久に胸の中が擽ったくなって掌で、出久の髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でる。これで、出久の心が少しでも満たされるならクローゼットの容量と無駄な出費の心配をする必要が減るかな────なんて。

確かに、以前に比べたら服を買ってくる頻度はぐっと減ったけれど今度はマニキュアをよく買ってくるようになったというのはまた別のお話。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -