含み笑いをする湯川を見て、綾乃は小さく頷いて感嘆の声をあげた。

「へー。カマかけるなんて、先生もなかなかやるじゃん。でもそんな事勝手に言ったら、薫さん怒っただろうなあ」

 湯川の身体が固まるのを、綾乃は見逃さなかった。まさか当たっているとは思わず、綾乃は目を丸くした。

「――……怒らせたのか?」
「……そのようだ」
「そのようだって……なんで怒らせたのかわかってないのかよ!?」

 湯川はことの次第を説明すると、綾乃からは盛大なため息が漏れた。

「謝ればいいだけだろそんなの!ただの誤解なんだから。それとも、先生は本当に殺人が面白いとでも思ったのか?」
「それは違う。僕が面白いと思ったのは、自分の理解を超える現象に遭遇したからであって、決して殺人が面白いと思ったから言ったわけではない」

 それを聞いて、綾乃はさっきよりも盛大なため息をついた。

「素直にそれを言えば解決するだろうが」
「あれだけ怒鳴られたのに、それだけで良いわけがない。鬼のような形相だったんだ」
「薫さんはお前が起こった事件に対して面白いって言ったと思ってるんだぞ?ちゃんと説明すれば、普通だったら『そうだったの』で終わるっつの」
「……そう、なのか」
「そうだよ。ったく、ちゃんと謝れよ」
「善処はする」

 二人は黙ると同時にコーヒーを口にした。
 しばしゆったりとした時間が流れた。事件の話をしながらも、他愛のない話に花が咲いた。
 ふいに機械音が鳴った。湯川は携帯を胸ポケットから取り出す。相手は栗林のようで、たまに怒鳴り声が携帯から漏れていた。
 綾乃がケーキを食べ終わる頃に話は終わり、湯川は満足そうに電話を切った。

「栗林さんからだった。明日から実験がスタート出来るようだ」
「実験?」
 
 綾乃が二人分、新しくコーヒーを入れたサーバーを持ってくると、マグカップに注いだ。

「炭酸ガスレーザーで人の頭が本当に燃えるのか実証する」
「え、それってかなり大掛かりな実験になるだろ。場所とか、てか、費用はどうすんだ?」
「場所の方は問題ない。費用については、後日警察に請求するさ。事件解決の手助けをしているんだ、それくらい出してくれるだろう」
「んな勝手な……」

「薫さん可哀相」綾乃はコーヒーを手にとった。湯川はコートを羽織ると、出されたコーヒーを数回口にした。

「もう行くのか?」
「ああ。実験の為に少々やらないといけない事もあるので、今日はこれで失礼するよ。夕飯、ありがとう。出来れば、また誘って欲しい」

 思わぬ言葉に、綾乃は驚いた。しどろもどろしながら答える。

「別にっ、いつでも来れば!?……二人で食べた方が良いし……ホラ、湯川先生残さないしな!」

 一人じゃない夕飯が、これほど楽しいとは思わなかった。
 本当は毎日だって良いと思ったものの、そんな恥ずかしい事を言えるわけがない。今の言葉ですら恥ずかしくて顔が赤くなっていた。

「……そうさせていただくよ。それじゃ」
「あ、ああ。帰り道、気をつけろよ」

 湯川は革靴の紐を結び直すと、立ち上がってドアノブに手をかけた。
 なぜか、綾乃はその背中に向かって行かないでと言いかけた。その言葉は出ず、両手をぎゅっと固く握るだけに留めた。

「また、来る」
「……おう」

 ドアが閉じて一人になった部屋は、いつも以上に広く感じた。

「また来るって……期待しちまうじゃねえか」

 急に広く感じる部屋の片隅で、綾乃は膝を抱えながら一人呟いた。
 まさかその一時間後に湯川が来る事も知らずに。



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