「うわっ、このケーキ一つ八百円以上する馬鹿高いケーキ屋のじゃん。さっすが湯川先生」
「ここに来る時に前を通ったから買ってみたんだ。君の昼食は菓子パンだけだったから、そんなに痩せているのだと思っていた。小さくてもカロリーの採れそうな物を選んでみたんだ。しかし、あれだけ食べるのなら余計な心配だったようだ」
「昼はいつも本読みながらだから、片手間で食べられるもので済ましてんの。先生こそ、そんなほっそいナリしてるくせに、しっかり半合食べてんじゃん」
「……久しぶりに、旨い手料理を食べたからな」

 恥ずかしそうに言う湯川を見て、不意打ちをくらった綾乃は一瞬動揺して顔が紅潮していく。料理を赤の他人に誉められた事がなかったからだ。今日は切り身を買って大正解だ!と心の中でガッツポーズをした。

「紅茶とコーヒー、どっちが良いよ」
「コーヒー。薄めのブラックで頼む」

 食器棚を開けて缶を出す綾乃を見ていると、隣の棚の上に寄り添う二人の写真と線香立てが目に映った。
 一人は警察官だろう制服を着ている、かなり体格の良い白髪混じりの男性。もう一人は綾乃をそのまま歳をとらせたような女性が、幸せそうな顔をして寄り添っていた。
 湯川はこの二人が綾乃の親だとすぐに気付くのと同時に、線香立ての意味にも気づいてしまった。写真を見ていた事を悟られまいと、湯川はケーキに目線をそらした。

「そういえば、事件の方はどうなったんだ?」

 台所から聞こえた声に、湯川は顔をあげる。

「その件については、明日話そうと思っていた」
「また呼び出そうとしてたのかよ……ほらよ」

 置かれたマグカップからは、インスタントとは断絶違う香りが漂ってきた。

「インスタントは好きじゃねーんだよ。だから豆から挽いてるんだぜ」
「豆からも良いが、インスタントの方が効率的で良い。――しかしやはり、香りは負けるな」
「効率よりも私は味を選ぶぜ」

 綾乃はマグカップを揺らして香りを楽しんでいるようだ。

「で、進展はあったのか」
「あった事にはあった。君の考えを聞きたい」

 そう言って今日起こった出来事を順を追って説明し始めた。現場の近くで、タバコではない焦げ跡が、初日に見つけた場所以外にもいたる所にあった事。少女が七夕の日に赤い糸が宙に張られているのを目撃した事。

「その少女以外に、赤い糸を見た人はいなかったのか?」
「内海君が色々と聞き込みをしたそうだが、有力な手がかりはないらしい。皆、人がどうやって燃えたのかを知りたいらしく、聞き込みにならないそうだ」
「どうやって燃えたのか……?」
「どうかしたのか」
「――や、なんでもない。話の続きを頼む」

 せかされたので、湯川は話を続けた。
 女の子が赤い糸を見たという現場から、少し離れたカーブミラーにも焦げ跡を見つけた事。辿っていくとあったのは時田製作所という小さな町工場があり、そこは主に金属を加工する工場だという事。

「町工場、焦げ跡、赤い糸……なるほど、金属加工に使う機械を使ったのか」
「理論上はそうだろう。溶接加工の機械が工場にあった」
「溶解……その加工だったら確かレーザーがあったはずだよな。それを使う前には確か軌道を見る為に無害なレーザーを使うはず。それが赤い糸ってことか。ってことは犯人はレーザーを使って被害者を殺したのか?」
「――僕の仮定ではそれが一番有力だ。工場の中には金属加工用の炭酸ガスレーザーがあった」
「でもそれだけじゃ、犯人を捕まえても証拠不十分で釈放されるだろ」
「その為に、その工場でこう言ってきた。『今回の事件はプラズマによる事故だ』と」





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