綾乃がいなくなってから、内海と二人で現場付近を調査しに行ったのだが、そこで内海と喧嘩になった。
理由は湯川の「面白い」の一言だった。湯川としては今回の事件が自分の理解を超える現象で、とてつもない難問に出会った事に対して思った台詞だったのだが、内海にはそう聞こえなかったようで怒鳴り散らしてさっさと帰ってしまったのだ。女性にあんなに怒鳴られたのは初めてだったと湯川は首をひねった。
内海の車で現場に行ったもののおいてかれてしまったので、仕方なくタクシーで大学に戻ると既に授業が終わった学生が帰宅する姿が目立った。研究室にも運良く栗林の姿はなかった。
ため息をつきながら自分の席にゆっくり腰掛けて目を瞑った。なぜか、内海よりも先に、綾乃の泣きそうな、明らかに怒っている表情が浮かんできたのだ。
感情なんて考えるだけ無駄だとは思うが、時には必要だという事もわかっていた。綾乃があれだけ怒るのも無理はない。この大学に来ている事の大半を湯川の言った『時間の無駄』の為に必死に勉強しているのだから。
湯川は無意識のうちに綾乃を全否定していたのだった。それに気付いた時には既に綾乃はその場におらず誤解を解くことも出来なかった。
「苦手なのは、わかってるんだ……」
湯川はポツリと呟くと、オレンジ色に染まる研究室を見渡した。綾乃の言葉が頭をよぎる。目をそらしているだけという言葉。
その通りだと湯川は自傷気味に笑った。だからこそ、あの時ムキになって反論をしたのだ。自分が傷つくのが怖いが為に作っていた防護壁を、綾乃が壊そうとするから。その防護壁で、彼女を傷つける事になるなんて、予想だにしていなかった事態。
「――我ながら大人げないな」
一回り以上も年下の、それも学生に意地をはるなんて。
湯川はバックから白い携帯を出した。少し古ぼけてはいるが彫刻が細かく入っているロケットが、ストラップとして付いていた。
綾乃の物だった。食堂から飛び出して行く時に落としたのを湯川が拾っていたのだ。
「――……行こう」
掛けていたジャケットとカバンを手に取り、誰にともなくそう言うと湯川は研究室を後にした。