内海の車に乗せられ、ついた場所は文字通り『閑静な住宅街』だった。本当に静かな場所に家々が所せましとならんでいる。
 何の変哲もない住宅街に一画だけ、不自然な場所があった。テレビでよく見る黄色いテープが張り巡らされており、その前には警察官が一人、仁王立ちをしてその場から浮きだった存在になっていた。

「彼らはここに、こんな感じで座っていたみたいです」

 綾乃は被害者達が描いたであろう落書きを踏まないようにして辺りを見回した。
 内海は自動販売機の横に座りこんで湯川にわかりやすいように説明をしたのだが、湯川はというと全くその言葉を耳に入れる気はないらしい。その姿を見て内海は睨み付けたが、お構いなしに現場を歩き回った。
 現場は小さい川の横べりに作られたコンクリートの広場で、そこにはまだ白いチョークで人間の形が残されていた。テレビなどでよく見る遺体があった場所の跡だ。
 綾乃はふと広場にあった小さな女性の銅像をみつめた。
 何かがおかしい。湯川もそれに気付いた様で綾乃と同じ場所を凝視した。相変わらずの至近距離だったが、気にしない様にしながらその銅像を見つめた。
 丸い焦げはタバコを押し付けた跡らしく、女性の特徴である乳房にタバコを押し付けてあった。他にも腹部などに数ヶ所同じような跡を見つける事が出来た。
 湯川がその跡に触れようとした瞬間、内海が大袈裟な声をあげてそれを止めた。

「ああ!ダメです触っちゃ!はいコレ」

 現場をそのままにしておきたい警察にしては、当たり前の事だった。湯川は内海に手渡された手袋をはめ、今一度それに触れた。

「タバコの火を押し付けたんですかね――何が面白いんだか。綾乃ちゃんもこれつけてね」

 綾乃も手渡された手袋をはめて周囲を見渡した。湯川を見ると内海と話しながら見つけた黒い焦げ跡を何箇所も触れて周っていた。
 ――この男は何を考えて自分をここに連れてきたのだろう。刑事に会わせて私の夢の手助けでもしてくれているのだろうか。……ないな。それはない。
 綾乃が事件とは全くかけはなれた事を考えていると、湯川が綾乃の顔を覗き込んできたのだった。

「何かわかったか?」
「い、いいえ。特にこれといったものは……」
「そうか」
「湯川先生、もしかしてわかったんですか!?」

 内海が輝かしい目で湯川を凝視すると、その視線に、湯川はあたかもな笑顔を二人に向けた。
 まさか理由がわかったのかと綾乃は期待しながら湯川を見つめたが、彼は突然声を出して笑い出した。

「さっぱりわからない」

 尚も笑い続ける湯川に、内海は乾いた笑いを向けながら肩を落としたのだった。



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