「大体俺は死ぬなら美人の上で腹上死! てめぇのアホ面で死ねるかっての!」
「いってぇな、このエロ河童ぁ!!」

 扉をあける前から、馴染みのある口喧嘩が聞こえてきた。八戒は器用に扉を開けて部屋に入った。

「あーあー。静かにして下さいね。隣にまで聞こえてますから」

 互いに髪を掴んで喧嘩の真っ最中だった二人は、若干怒り混じりに言う八戒を見てすぐさま手を引っ込めた。笑いながら怒る八戒が恐ろしいのは皆同じなようだ。

「……延朱ッ!」
「オハヨウゴザイマス」

 何故か片言で挨拶を交わし、八戒にお姫様だっこをされている延朱に悟空は首を傾げた。

「なんで八戒に抱かれてんの?」
「私がどうしようもない馬鹿だからです……」
「まあ、そういう事です」

 にっこりと笑って見せた八戒に、延朱の顔は引きつった。事情を察した悟浄が噴き出した。

「こってりと説教食らったみたいだな」
「それは、もう……」
「延朱!あのさ……」

 悟空が恐る恐る延朱に近付いて言った。

「ごめん!謝って許してもらえる訳じゃないのはわかってっけど、でも、俺謝んないと気が済まないっていうか、謝らなきゃいけないっていうか、あたっ」

 混乱してきた悟空の額に延朱は何も言わずデコピンを食らわせた。

「これで、おあいこね」
「〜〜〜〜っ」
「前もそうだったでしょう?だからこれでお終い。それに何か言うのなら、私じゃなく銀朱に言うべきなの。あの時私は何も出来なかったんだから」
「う、うん……」
「――て、いうか、八戒もう降ろしていただけないですか」

 悟空と話していた間も、延朱は八戒にお姫様だっこをされていたのだ。さすがに恥ずかしくなった延朱が懇願すると、八戒は二つ並べられたベッドの片方に、延朱をゆっくりと降ろしてやった。

「……お手を煩わせてすみません」
「いいえ。貴女、もう当分自分で歩くの禁止ですから」
「え、ちょっ、まっ」
「何か?」
「――承知しました」

 二人のやり取りを聞いて震えたのは延朱だけではなかった。悟空と悟浄も小さく丸まって震えながらコソコソと話している。

「八戒、なんかこえー……」
「延朱ちゃんの事死ぬほど心配してたからな。あんだけ怒るのも無理ねぇよ」
「だからって歩けるまで抱っこは……」
「そりゃアレだ。八戒が役得だか、」
「なにか、言いましたか?」

 聞いていたのか聞こえていたのか。八戒はゆっくりと貼りついた笑みを浮かべながら振り返った。
 悟空と悟浄は千切れる程に首を横に振って見せた。

「――三蔵も目を覚ましましたよ」
「おー。そんじゃ生臭い面でも拝みに行くか」
「私も行きたい」
「じゃあまた抱っこですね。今度は荷物運びで」
「……モウシワケゴザイマセン」

 有無を言わさぬ八戒の笑みに、厄介な人を怒らせてしまったと延朱は後悔していた。
 そんな二人の後ろを、そろりそろりと挙動不審に歩く悟空の姿があった。

「って、逃げんな猿」

 勿論それは簡単に見つかり、悟浄によって捕まえられてしまった。

「ヤダよ放せよ!!三蔵ぜっってえ、ムチャクチャ激怒ってるもん!!どんな顔して会えばいーんだよ!?」
「――ったく、さっきまで人一倍心配してウロウロしてたクセに」
「三蔵だってそこまで心の狭い人間じゃないですよ。多分」
「多分……?」
「多分です」
「だって……ッ」
「だからって、このままでいいんですか?悟空」
「う、それは、」

 八戒に言われて悟空は言葉を詰まらせた。
 その瞬間、部屋の扉が壊れるかと思う程の音を立てて開かれた。そこには上半身を痛々しく包帯に巻かれた三蔵が立っていた。

「……さ、三蔵――」
「飼い主さんのご登場ってか?」
「大人しくしてろって言った筈なんですけどねぇ、ついさっき」

 黒いオーラを纏う八戒の言葉を無視し、三蔵は指先を見つめながら言った。

「悟空」
「……え、な、何?」
「喉が渇いた。缶ビールよこせ」
「え!? あ、うん――」

 悟空は言われるままに備え付けの冷蔵庫から缶ビールを取り出して三蔵の前に差し出した。

「……はい」

 三蔵は黙ったまま缶ビールではなく悟空の頭の上に手を乗せた。

「さ……」

 くしゃりと頭を撫でた三蔵に期待して悟空は思わず顔をあげた。
 その瞬間。

「バカ猿!!」
「ってえ!!!」

 スパアァァンという、芸人も真っ青なハリセンの音が部屋中にこだました。

「いつまでもアホ面下げてんじゃねーよ!後先考えずツッ走るなっていつも言ってんだろーが、このウスラバカ!!」

 どこから出したかわからないハリセンで叩かれた悟空だったが、いつも以上の痛さに涙目になっていた。


「〜〜八戒、全然ココロ狭くなくないじゃんかよ!?」
「だから多分って付けたでしょう」

 三蔵は満足したのか「フン」と鼻であしらうと、机にあった新聞を手にとって延朱の横に座った。

「ちぇーー」

 悟空はふてくされた顔をして背もたれ椅子に逆に座ると、顔を伏せた。落ち込んだのかと思いきや、何故か小さく肩が震えている。

「……何笑ってんだよ」
「笑ってねーもん」
「気色悪ィ」

 クスクスと笑う悟空を見て、延朱と八戒は安心したように笑った。

「天岩戸をブチ壊しましたねえ」
「良かったね悟空、三蔵の心狭くなくてっ、」
「お前もだ馬鹿チワワ!能力使いすぎなんだよ!!」

 すかさず落とされたハリセンは、延朱の頭にクリーンヒットする。近すぎたせいで、いつも以上に痛かったのか、延朱は頭をふらふらと回してその場でベッドに倒れ込んでしまった。

「次何も言わずに使ったらぶっ殺す」
「――素直じゃねえな、ホント。三蔵サマったらテレ屋さんなんだか、どあ!?」

 悟浄のこめかみ数センチのところに数発の銃弾が掠り、壁にめり込んだ。
 驚きのあまり口をパクパクと開いていた悟浄だったが、それが三蔵からだと気付くと、青筋を立てて怒り出した。

「っぶねーなーこのサド坊主!!そのうちマジで当たるぞ絶対!?」
「日頃の行いが良けりゃ当たんねぇよ」
「てめぇに言われたくねーな、この生臭世紀末坊主!そこどけ猿!!」
「あぁ!?猿って言うなよ赤ゴキブリ河童!!」
「は、ゴキブリ!?お前何おかしな単語つけてんだよ!」

 三蔵と悟浄の喧嘩だったものが、いつのまにか悟空と悟浄の喧嘩に変わっていった。

「お兄さん達、新しい包帯持ってきたよー」

 そんな騒がしい中現れたのは、砂漠で迷子になっていた時に助けてくれた少年だった。紅孩児達との戦闘の後に、怪我をした五人を見つけて介抱してくれたのもこの少年だった。

「ああ、ありがとうございます」

 悟空と悟浄の喧嘩に、怒り心頭で銃を乱射する三蔵を見て、初めて会った時とは全く違うイメージに戸惑いを隠せないようだった。

「賑やかだね……」
「ええ、スミマセン気にしないでください」

 八戒は一言溜めてから、清々しい程の笑顔で言った。

「いつもの事ですから」




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