一頻り痛めつけた二人を、悟空は黙って見つめていた。ほとんど動けない状態の八戒と悟浄を見る悟空の瞳は、まるで壊れてしまった玩具を見ているようだった。
壊れてしまった玩具はもういらないとばかりにつまらなさそうな顔をすると、悟空は八戒の首に手をかけた。
「斉天大聖!!」
八戒の首筋を締める悟空が後ろを振り向いた。
そこには銀朱が立っていた。
「僕が相手になってやる。来いよ」
新しい玩具を見つけた悟空は、笑って銀朱に向かって走り出す。切り裂こうと爪を伸ばして銀朱に突っ込んでいく。銀朱はピアスを外すと刀を二本作り出してその攻撃をはじき返した。悟空は受身を取りながら砂の上を滑っていく。
「っは……、銀朱!?貴方が、どうして――」
「君たちに死なれたら、延朱が悲しむからね」
再び刀を構える銀朱の手はかすかに震えていた。それに気づいたのは悟浄だった。
「銀朱、お前まさかまだ毒が、」
「坊さんに、比べたらたいしたこと、ない。それより……」
倒れる八戒と悟浄に向かって銀朱は真剣な顔で言った。
「何を見ても、延朱を嫌いにならないでくれ」
「それはどういう、」
「僕の事はどう思ってくれても構わない。でも、延朱だけは……延朱だけは今と変わらずに、好きでいてやってくれないか」
一瞬だけ寂しそうに笑った銀朱の顔は、すぐに真剣な顔に戻る。銀朱の言葉の意図が分からない八戒と悟浄は、黙ってそれを見つめる事しかできなかった。
「できるだけ離れてないと、君たちも危ないよ」
銀朱はそう言って悟空に向かって走り出した。悟空も同じように銀朱に向かって突っ込むと再び爪で引き裂こうとしたが、やはり刀でそれを受け止められてしまう。
力の強さは一目瞭然だった。ギリギリと押されていく銀朱は、意を決して目を見開いた。その瞬間、禍々しい殺気と共に妖気が銀朱を取り囲む。
重たい石が身体にのしかかるような妖気に、八戒と悟浄は動けなくなった。
悟空はというと、目の前のおぞましい妖気に驚いて後ろに跳んでたじろいでいた。
「――小童が。僕を舐めるんじゃないよ」
音もなく伸びる真っ白な九本の尻尾と、それと同じ色の耳に、二人は驚きを隠せない。
「……んだ、あれ」
「あれが、銀朱の本当の姿なんでしょう」
その姿になった途端、更に増幅した妖気に、二人はいつの間にか冷や汗を流していた。
悟空は圧倒的な妖気に気後れしていたが、それすらも凌駕する好奇心に身震いして走り出す。近づいてすばやい攻撃を何度となく繰り出していくが、銀朱は蝶のようにヒラリヒラリとそれをかわしてく。
「銀朱の奴、悟空が互角に闘ってる……」
「いえ、悟空の方が僅かながら優勢になってきている……戦闘力も、妖力も」
「嘘、だろ?こんな圧倒的な妖力を、悟空が勝るなんて、」
銀朱は先程から悟空の攻撃を避けるだけで、攻撃を仕返すような素振りは全くなかった。身体の至る所に悟空の爪がかすり、そこから血が滴り落ちていく。いつしか地面には赤く綺麗な円が出来上がっていた。
「お遊びはここまでだ、斉天大聖!」
「ッ!?」
銀朱が叫んで悟空に短刀を投げつけた。悟空がそれを避けるようにして後ろに飛んだ。着地した瞬間、銀朱はニヤリと笑って手を向けた。その刹那、円になっていた血が、悟空目掛けて針に変わって弾け飛んだ。四方から避けきれない程の針が、円の中心にいた悟空に襲いかかった。
「さっきそこの坊主から貰った毒を、少しばかり入れさせてもらったよ。さすがの斉天大聖も少しは身体が言うこと聞かなくなるだろ、ッ」
悟空は刺さった毒針を躊躇なく抜くと、それを銀朱に投げ返した。
頬スレスレのところで銀朱は避けたが、血液不足とサソリの毒で身体はもう限界に達していた。
「なんだ、よ。そんなの、なしだろう――」
叫びながら物凄いスピードで走り来る悟空を、立っているのもやっとの銀朱は、攻撃を防ごうと刀を構えた。しかしその刀を噛み砕き、銀朱の身体に爪を立てた。
「――ぁ、あぁあああっ!」
「銀朱、」
「く、るなぁあっ!!」
八戒の言葉を遮り、銀朱は叫ぶ。だが、なすすべなく悟空になぶられていく。
とめどなくながれる血を、銀朱は制御する事が出来ない。地面に落ちた血は一瞬うねり銀朱の身体に戻ろうとするが、すぐにその場で液体となって動かなくなった。
熱を帯びた身体から意識がなくなる直前に、銀朱は一発の銃声を聞いたのだった。