「――これが……孫悟空」

 紅孩児は始めて見る悟空の本来の姿に、無意識のうちに小刻みに震えていた。
 大妖怪の息子として、妖怪として、強い自信はあった。
 しかしそんなものは、悟空の前ではちっぽけな存在なのだと思い知らされる。

 ――それでも。

 紅孩児は再度、守りたいモノを思い浮かべると悟空に向かって走り出した。
 二人の闘いが幕をあけた。

『延朱!延朱!!』

 気絶していた延朱を呼びかける銀朱の声で目を覚ます。
 外の暑さなのか、熱の熱さなのか、未だによくわからない身体のけだるさは、気を失う前と変わらない。
 太陽の眩しさでうっすらとしか見えない視界に移ったのは、神妙な顔をした悟浄と身体を支えてくれている独角兒。
 二人の目線の先には、紅孩児と悟空が対峙していた。
 混乱する頭の中で、暗い絶望するような気配で寒気を感じる。
 それは以前どこかで感じた絶対的な恐怖。
 ぼうっとしていた意識が急激に押し戻ってくると、目の前で起こっている光景に絶句した。
 右へ左へと殴り飛ばされる紅孩児、それを無邪気な顔で笑いながらいたぶる悟空。
 その耳は鋭く尖り、後ろ髪は長く延び、爪は凶器のように鋭かった。

『あの馬鹿、勝手に金鈷はずしやがったんだよ!!』

 銀朱が怒り混じりに言った。理由は聞かなくても、延朱にはすぐにわかった。三蔵を助けたい、それだけを一心に思っているのだろう。
 少し離れたところには八戒と三蔵がいた。三蔵は夢と同じ箇所から血を流し倒れていた。
 夢と同じであれば、三蔵は今サソリの毒に侵されているはずだ。

『三蔵を助けなきゃ……!!銀朱、自分の血と相手の血を入れ替える事は出来る!?』
『少しだけならね。でも、血の力もしばらく半減するし、武器も出しづらくなるしって……君もしかして、』
「紅孩児!!」

 紅孩児が殴り飛ばされて砂の上を滑る。主君のやられる様に、独角兒は思わず声をあげた。手を出せない苛立ちからか、延朱の肩を抱く手に力がこもる。
 延朱はその手を握った。

「独角兒……さん」
「延朱ちゃん!?」
「――起きたのか」
「さっき助けてもらった借りがあるから言うわ。紅孩児を助けてあげて」
「何馬鹿な事言ってんだ!勝負に手なんか出せるわけねぇだろうが!?」
「これが、勝負に見えるの?」

 独角兒は見上げられた金色の瞳に、息が出来なくなった。
 絶対的な暴力での闘いは、見ているこちらですら残酷だった。しかし、何かを決意した紅孩児の為に手を出してはいけないと思っていたのだ。

「こんなの勝負でも闘いでもないわよ……絶対的な強者が、弱者を痛めつけているだけ」
「じゃあどうしろって、」
「だから、助けるに決まってんでしょ!!」

 そう言って延朱は独角兒の手を振り払う。支えのなくなった身体は思った以上に重かった。フラリとよろけた身体を支えたのは悟浄だった。

「行けよ、兄貴。お前の進んでた道を、お前の居場所を、目の前で失うなんて出来んのか?」
「――――お前にそんな事言われるなんて、思わなかったぜ」
「ちょっとは成長したのヨ。頭以外のとこも、ね」
「言ってろ!」

 言い終わらないうちに、独角兒は自分の居場所を守るために悟空に向かって走り出した。

「悟浄、兄貴って……」
「ん?あぁ、言ってなかったっけ。あれ、俺の兄貴よ。腹違いのお兄ちゃんで、命の恩人」

 延朱にそう言うと少しだけ驚いた顔をした。そして少し寂しそうな顔をして笑った。
 隠していたわけではないが、その笑顔は言わなかった事を後悔させるには充分だった。

「……悪かった。言わなくて」
「――悟浄に似てるよ。格好いいし、優しいし」
「そうかぁ?俺の方がカックイーと思うけど」
「はいはい……っ」

 少しだけ休んだから歩けるだろうと、地に脚をつけたのだが、ぐらりと視界が揺れた。悟浄は慌ててそれを抱き止める。

「無茶すんなって!」
「ごめん……悟浄、私を三蔵のとこに連れて行って。三蔵の毒、なんとかするから」
「あ、あぁ……」

 なぜ知っているのかは聞かなかった。以前延朱に血の能力とは別の、予知能力みたいなものもあるといわれた事を悟浄は思い出す。
 延朱の背中と膝の下に腕をまわすと、悟浄は横抱きして軽々と持ち上げる。

「やっ!?これは、ちょっと、」
「まともに立てないくせに我が儘言うんじゃねーの。良いじゃん、お姫さまだっこくらい」

「俺にはこれくらいしか出来ねェんだからよ――」

 そう言って悟浄は寂しそうに呟くと、少し離れた場所にいる八戒と三蔵の元へと駆け出した。





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