「紅孩児……?ど、したのお前、何か変だぞ」

 紅孩児の威圧的な視線に悟空は動揺していた。戦意のない悟空に構うことなく、素早く詠唱する紅孩児。

「悟空避けて!!」
「え……!?」

 八戒の叫びに、悟空は紅孩児の攻撃を避けようとしたが、三蔵を抱えているので動く事すらままならない。
 悟空は咄嗟に三蔵を庇った。
 紅孩児の炎は直接被弾はしなかったものの、悟空のすぐ近くの砂を抉った。

「紅、孩児……!?」
「―――何をためらう?」
「紅孩、」
「間違えるなよ」
「俺は貴様の、敵だ」

 三蔵を抱える悟空の顔を、紅孩児は躊躇なく膝で蹴り上げた。

「―――ふん。貴様に闘う意志がないなら経文は頂いていくまでだ」

 倒れている三蔵に手を出そうと、紅孩児が歩み寄る。

「――ッ三蔵に近寄んじゃねえ!!」

 悟空は紅孩児の顔を殴る。紅孩児の身体は衝撃で砂の上を滑る。

「悟空」

 八戒が冷静な声で悟空を呼ぶ。

「三蔵は僕に任せて……闘いなさい。紅孩児は本気です。――恐らく彼は、何かとても……大事な物を背負って闘っている。今の貴方になら判りますよね。大事な物を失いたくないという思いが」

 六道の時に、三蔵が悟空を庇って刺された時の事を、悟空は思い出していた。
 自分が負けたら、三蔵は死ぬ。もしかしたら延朱も危ういのかも知れない。
 あらゆるものを天秤にかけても、傾く方向は何度考えても同じだった。
 悟空は黙ったまま苦しく息をしている三蔵の顔を見つめた。その瞳は、何か固く決意した様な瞳だった。
 悟空は拳を強く握り締めると、八戒たちに背を向ける。

「――紅。お前はそれでいいんだな?」

 決意をした瞳を向ける悟空を見ながら、独角兒は紅孩児に耳打ちをした。

「俺はもう、後悔しない」
「……そうか。なら、俺も止めねぇよ」

 紅孩児の決意の固さに、独角兒は笑う。
 視線の隅から銀色に光るものがこちらに向かってくる事に気付いた独角兒は、紅孩児と延朱を抱え込む。
 それは、悟浄の鎖鎌だった。

「俺の存在ムシして話進めてんじゃねーっての。イヂけちゃうぜ?」

 戻っていく鎖鎌の先には、悟浄が錫杖を持って独角兒の前に立ちはだかっていた。その顔は笑ってはいるものの、目は怒りで燃えていた。

「俺が相手じゃ不満か?『沙悟浄』」
「――ははッ。上等だぜ『独角兒』!」

 互いに別々の道へと進んでいる二人は、昔を思い出すように、昔とは違う名前を呼び合う。
 悟浄は武器の柄を握りしめると、独角兒に向かって走り出す。
 金属がぶつかり合う音が鈍く響いた。

「……早く延朱を返せってんだ。お前が肩握ってるの見るとムカつくんだよ」
「それは出来ない相談だな。コイツは俺達が勝って、連れていく」

 互いの武器で小競り合いながら、独角兒は叫ぶ。

「紅……こっちは任せろ!行け!!」

 紅孩児はゆっくりと悟空に向かって歩み出す。
 それを鋭い眼差しで見つめていた悟空が、ポツリと呟いた。

「――なあ八戒。後でどーにかして俺を止めてくれる?」
「悟空。まさか、」
「俺、今のままじゃアイツ殺せないから。だけど……負けらんないから」

 悟空は額の金鈷に手を掛けながら、目を瞑った。

「――三蔵を……頼むな」

 悟空の額にあった金鈷は音も立てずに砂に落ちていく。
 激痛と、激しい動悸と、目眩に、意識が飛ぼうとする中で、悟空は何かを思い出しかける。
 それは、ひどく懐かしくて、暖かくて、優しくて、眩しくて。
 それは、三蔵たちと少し似ている、別の誰かの眼差し。
 悟空は強く願った。その願いは、どこか遠い昔にも抱いた事があった気がする。


 もう何も失いたくないと。





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