倒れたまま動かない延朱を、ジープは心配そうに覗き込んでいた。延朱はその声に少しだけ目を開けてジープを見た。
「ごめ……ね、私だけ、行くなんて、できないか、ら」
八戒の言葉通りに、一度はジープは車に変身して延朱を乗せて町へと連れて行こうと思ったのだが、それを延朱は拒否したのだった。
延朱はみんなと少しでも離れたくなかった。我が儘で無謀な事はわかっていた。
ただ自分の体調なんてどうでもよくて、みんなが心配で、苦しくて、寂しくて。こんなにも独りになる事が辛いなんて思ってもいなかった。
だからせめてみんなの近くにいたいと思っていたのだった。
「ジープ、おいで」
延朱はジープをローブの中に包む。
「暑いけど、頑張って……日差しにあたるよりは、マシだから」
『おい馬鹿延朱』
聞こえてきたのは幻聴ではなく、銀朱の声。延朱は目を閉じる。暗闇の中で立っていた銀朱は不機嫌な顔をして貧乏揺すりをしていた。
『頭で離すなら少しはマシだよ』
『――そうかも』
『君、馬鹿なの!?』
怒鳴りつける銀朱に、思わず驚く。銀朱は続けて言った。
『君、このままあいつら来なかったら死ぬよ!?ただでさえ死にそうな程熱出してるってのに!!』
『……ごめん』
噛みつく程怒鳴る銀朱に、延朱は苦笑した。
『真面目に言ってんだけど!?』
『うん。ごめんなさい。でも私、あの人たちから離れる方が、死ぬよりも辛いわ』
真剣な眼差しでいう延朱。銀朱は一瞬目を見開いたが、半ばあきれ顔をして言った。
『君は……いつもそうだ。そうやって自分よりもあいつらを優先する。だからあの時だって――』
『あの時?』
延朱は不思議そうに訊いた。
銀朱は眉をしかめると、頭を乱暴に掻いた。
『〜〜なんでもない馬鹿延朱!早く僕と変われ!!』
『へっ?』
『中身が入れ替わっても体調が悪いのは変わりないけど、気持ち的に楽になるから』
『でも、』
『でもじゃない!僕だって心配なんだよ君が!それに……君に何かあったら僕も消えるんだ』
銀朱の頭には、五百年前の出来事が蘇る。
もう、延朱をあんな目に合わせたくない。
『わかったら、早く変われ』
いつになく鋭い視線を向ける銀朱に、延朱は小さく頷いた。
『わかったわ。でも、ちょっとだけだからね!すぐに変わってもらうから!』
『はいはいわかったよ』
そう言って延朱は、銀朱と手を重ねると、額を近づけた。
二人の身体が交わり、突き抜ける。途端に消えていく熱のだるさと緊張感に、極度の睡魔に襲われた延朱は、目を閉じざるを得なかった。
そして、延朱はまた夢を見る。
さっきと全く同じ夢だった。母に鞭で打たれ、兄と話し、兄を殺し、ブラックアウトする。
しかし今回の夢はそれで終わらなかった。
耳鳴りがして頭の中に激痛が走ると映像が流れ込んできた。
見えたのは、女の妖怪の爪が伸びて三蔵の身体に突き刺さしたシーンからだった。
女はそれを見て笑い出す。
「……の爪はサソリの毒針に、なってる……もち、致死量、な」
チャンネルの合わないラジオのような声で妖怪は言った。しかし終わらないうちに、目の前に砂が降りかかって暗闇になると延朱の夢は終わった。
・・・
延朱が悪夢に魘されている間に、銀朱は熱に魘されていた。
「暑い…………」
銀朱は砂に這いつくばって溜め息をついた。
「これ、だから……人間の身体、はーッ」
立ち上がろうとして手足を動かすも、節々が痛んで力が出ない。熱のせいで頭は痛いし、目の前の砂漠がいくつも見えた。
「これは、まじで、ヤバい……な」
見えるもの全てが何重にも見えて、気持ち悪さと吐き気に思わず目を瞑った。
熱さでぼーっとする頭に、誰かの話し声が聞こえてきたのだった。