悟空の身体が誰かによって揺さぶられる。うっすらと目を開けると八戒が映った。
八戒は悟空が目を開けたのを見て安堵の表情を浮かべた。
「悟空、良かった」
「あれ――ここ何?」
「砂漠の中のどこか、だよ。俺たちも気付いたらココで寝てたってワケ」
悟浄は檻に寄りかかりながらタバコを吸っていた。
悟空は三蔵と延朱がいない事に気付く。
「三蔵と延朱は!?」
「わかりません……三蔵は、僕らが起きた時には姿はありませんでした。延朱は間一髪の所で罠に嵌っていませんでしたので、きっとジープが町に連れて行ってくれてるはずです」
「そっか、延朱はきっと大丈夫だな」
悟空は立ち上がると檻にしがみついて叫ぶ。
「――おい!三蔵どこだよ!聞いてんのかよー!?」
「ヤメとけばぁ?体力の無駄だって」
「聞こえたって出してくれないですよ。多分」
「だって三蔵狙われてんだろ?危ねえって!!」
「アイツがすんなり喰われるタマかぁ?」
「―――まぁ僕達は喰べられる心配ないでしょうから、三蔵を助ける前にここから抜け出すこと、考えなきゃですね」
「あーあ……腹減った――」
悟空は檻にしがみつきながらズルズルと体勢を崩す。空腹で燃料切れを起こしたようだった。
「……三蔵が喰われる前に悟空が餓死するな」
悟空を見て溜め息をつく八戒だったが、どこか上の空だった。それに気付いた悟浄は横に座る。
「――気になる?延朱ちゃんのコト」
悟浄に考えていた事をズバリ当てられた八戒は一瞬目を丸くする。何年も一緒にいる悟浄にはお見通しだった。
八戒は頭を掻いて苦笑する。
「そんな事ないなんて言っても、貴方にはバレバレですね」
「あったり前だろ?顔に彫ってあるもんよ。延朱ちゃんが心配すぎて死にそうって」
「茶化さないでくださいよ」
「ワリィ」
悟浄は新しいタバコを取り出した。火を付けると、肺いっぱいに吸い込んで溜め息と共に吐き出した。
「……お前、さ。自分のせいだって思ってんだろ。延朱ちゃんが倒れたの」
八戒を横目に見ながら悟浄は紫煙をくゆらせる。
「もっと自分が早く気付いてたら、とかよ」
「――その通りです。ジープで話した時に、少し様子がおかしかった。その時点で問いただすべきでした」
「それをしなかった自分が、ムカつくってか?」
「……その通り、ですよ」
八戒は唇を噛みしめた。
気付いてやれなかった自分に腹が立つ。
無理をさせていた自分に腹が立つ。
なによりも一人で我慢していた延朱に腹が立っていた。
「ちゃんと見ていたと、思ったんですけどね」
八戒は自嘲気味に笑った。
「――正直な話延朱が気になって気になって、仕方がないんです。突然どこかに行ってしまわないかって、すぐ目で追っちゃうんです……おかしいですよね。僕にはそんな事考える権利なんてないのに」
八戒は辛く切なげに笑った。
その顔を見て唖然とした悟浄は無意識のうちにタバコを落としていた。
八戒が延朱に対して少なからず好意を寄せている事に気付いてしまったのだ。しかし、それを八戒が自覚しているかはわからない。
さっきまでの友人は、ここまで他人に執着するような人ではなかったと思っていた。特に女性に限ってはそうだった。
昔の恋人以外ありえないとまで豪語していた八戒が、数ヶ月一緒にいるだけの少女に目を奪われ、あくせくしている事に悟浄は驚きと嬉しい気持ちだった。
ただ、八戒はやはり昔の恋人の事もあって、今の気持ちをどうすれば良いのかわからないようだった。
あれだけ色恋に無頓着で過去に立ち止まっていた八戒を、そこまで言わせる延朱に、悟浄は心の中で感謝した。
「八戒の言ってる意味よくわかんねーし!」
「へ?」
「はっ?」
空腹でへたっていた悟空は、いつの間にか二人の前に仁王立ちしていた。突然の言葉に、二人はぽかんとした顔をした。
「俺、延朱の事大好きだし!心配もするし、ずっと一緒にいたいに決まってんじゃん!笑った顔とかずっと見てたいし!そんなの好きなんだから、当たり前だろ!?権利とか関係ねぇし!」
ふんぞり返りながら言った悟空の大告白に、二人は呆然としていた。
数秒間の沈黙の後、悟浄は噴き出した。
「ハハッ――違いねェな。俺も延朱ちゃん超好きだしィ」
「八戒は延朱の事、好きじゃねーの?」
悟空の問いに、八戒は絞り出すような声で答えた。
「――嫌いなわけ、ないじゃないですか」
「じゃあ権利とか、よくわかんない事関係なくね?延朱が嫌だっていうまで、一緒にいてやろうぜ」
親指を立たせて笑う悟空を見て、八戒は苦笑した。
「それ、かなりウザくないですか?」
「でも、良いんじゃねーの?」
悟浄はタバコを吸いながら口の端をあげた。
「…………そうですね。僕も悟浄みたいにウザがられるように頑張ります」
「おい」
「おう!悟浄に負けないくらいウザくな!」
「おーい」
悟浄の存在は軽く無視され、八戒と悟空は互いの顔を見て笑う。八戒の笑顔はいつも通りになった気がして、悟浄は鼻先で笑った。
和やかな雰囲気だったのが一変して雷鳴のような音が轟く。それは悟空の腹から鳴っていた。
「……立ったらなんか腹減ってきたぁ」
「そのまま餓死しろ馬鹿猿」
「なんだとこのエロ、」
悟浄に食って掛かろうとした悟空だったが、物音がかすかに聞こえた気がした。
「……?これ、何の音?」
「オイオイ、ついに幻聴かぁ?」
「違うって!!何か紙が擦れるみたいな、カサカサって音が――――うわッ!?」
何かが足に当たる感触があったので下を向くと、悟空の靴に大きなハサミと鋭い尻尾を持った虫が這い上がってきていた。
「サソリ!?」
「砂漠ですからねぇ、サソリの一匹や二匹は……」
「一匹や二匹なら許せるんだけどよ――これって明らかに人為的でない?」
悟浄の言葉に二人は息を飲んだ。一匹や二匹という数では済まされない量のサソリが、牢屋の外から三人に向かってきたのだった。
三人は牢屋の奥に逃げると背中を壁に押し付けた。
「マジやばくねェ!?」
「もう虫は懲り懲りなんですけどねえ」
「悠長な事言ってる場合かよ!?おい悟空!」
「――おう!」
悟浄と悟空は目を合わせて頷くと、それぞれ武器を取り出した。八戒は慌てて二人を止めた。
「ちょっ、待ってください!もしかして壁ぶち破る気ですか!?」
「おうよ!」
「ここは地上と違うんですよ!?砂の中にある壁破ったら、」
「だーいじょぶだって!行くぜ悟空」
「おう!」
二人は八戒の言葉を待たずに、壁に全力でぶち当たっていった。簡単に壊れた壁の先には、砂ではなく廊下が広がっていた。
「それ見ろ大丈夫だっただろ!」
「早く行こうぜ!三蔵見つけなきゃ!」
廊下を走る二人を見て、八戒は頭を抱えた。
「……もう、僕は知りませんからね!」
そう二人に投げかけると、八戒もその後を追った。