「――バーナビー様は、私の事は全く覚えていませんでした」
「そんなに小さい時の話なの?バニーが忘れるくらい」
「いいえ。ですが、この話はバーナビー様のご両親が殺害される少し前の事なのです。もしかすると、両親を亡くしたショックで覚えていないのかもしれません」
「そう、だったのか……」

 虎徹が肩をすくめてソファーに座りなおす。シシーは構わずに話しを続けた。

「滞在している間中、バーナビー様のご両親と私の母は研究所で研究や実験をして時間を費やしておりました。必然的に、私とバーナビー様は一緒に過ごす時間が多くなっておりました」

 初めはただ挨拶をしただけだった。色々と話すようになり、遊ぶようになり、ほとんどの時間を毎日一緒に過ごしていたとシシーは付け加えた。

「そんなある日でした。母とバーナビー様のご両親が突然言い合いを始めたかと思うと、滞在期間よりも早くバーナビー様を連れて帰国なさってしまったのです」
「――親御さんの喧嘩の原因ってのは?」

 シシーは先ほどと同じように首を横に振った。

「母は最期まで教えてくれませんでした。バーナビー様が帰国する直前に、私はある約束をしたのです。またいつか、必ず会って貴方の事を守ると」
「ん? シシーちゃんがバニーを守るのか? 普通は逆じゃない?」
「その時は、私の方が何かとバーナビー様に勝っておりましたから。体力面でも、性格的な面でも」
「なーる……」

 女の子というものは成長が早い。男の子よりもずっと、見た目や性格が早く大きくなる事を虎徹は知っていた。昔の娘がその通りだったからだ。

「その約束を果たせないままそれから二十年が経ちました。一生果たす事が出来ないと諦めかけた時に、私が勤めていた派遣会社に、一本の電話がかかってきたのです」

 それは、ある人物の身の回りの世話をしてくれないかという電話だった。もちろんその電話は、アポロンメディアの社長、マーベリックだった。

「書類にある名前を見て、驚きました。そして写真を見て確信してしまいました。運命という名の偶然は本当にあるのだと。これは神様がくれた最後のチャンスだと、そう思いました」
「それで、シシーちゃんはバニーの使用人になったのか?」
「はい。本当は他の方がつく事になっておりましたが、婦長様とご友人が推薦してくれまして……本当に、嬉しかった。またあの方と一緒におられるなんて夢にも思いませんでした。私が生きている事は、バーナビー様に会うためだったとも思いました」

 笑ってはいないものの、シシーの顔は柔らかな表情をしていた。
 相槌を打つ虎徹だったが、浮かない顔をしている。

「――でも、良いの? シシーちゃんは。あいつに思い出してもらえなくても。話をしたら思い出してくれるかもしれないじゃん」
「良いのです。あの方が覚えていなくても、私がそれを覚えていて、約束を守っているという事実さえあれば。でも今は、約束を果たしているとは言えませんね……」

 うな垂れるシシー。虎徹はそんなシシーの頭をポンと叩いた。

「別にいいじゃねーか、アイツの傍にいなくてもさ」
「え……?」
「守るってのは、相手の事なんかしったこっちゃねーんだよ! 傍にいるなって言われたって関係ねえんだよ。俺が守りたいから守る!」

 お節介はここからきているのかと、シシーは虎徹の顔を見ながら思った。お節介という言葉ありきの虎徹は、笑ってシシーの頭をポンポンと叩いている。
 何か吹っ切れたような顔をして、シシーは顔をあげた。

「虎徹様――突然こんな話をして申し訳ございませんでした。やっぱり、貴方に話をして良かったと思います」
「いや、むしろ聞けて良かったと思ってるぜ」

 「シシーちゃんが、バニーが大好きな事、よーく判ったし」シシーの頭を撫でながら虎徹はポツリと呟いた。

「何か言いましたか?」
「いーえ! なんにも」
「絶対にバーナビー様には言わないでいただけますか?」
「もっちろんよ! 俺口硬いし!」
「もし口外した場合は、これを所持していた事を他の方に言いふらしますので」

 シシーはどこに隠していたのか、一冊の雑誌を手に取って虎徹に見せ付ける。
 表紙は、金髪の美女。スレンダーな身体に大きな胸、きわどい水着を着て笑っていた。

「へ!?そ、そそそそれリビングの本棚の右から三番目の動物図鑑の中に隠してた、」
「――虎徹様、最低でございます」
「そんな目で見ないでー!」

 虎徹の想像通りに冷ややかな視線で見下ろすシシーに、いやー! という甲高い悲鳴をあげる。それはブロンズステージの一角にこだました。




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