「とりあえず、その、フルネームで呼ぶのはやめてくれません?」
「かしこまりました。それではなんと、お呼びすればよろしいでしょうか?」

 バーナビーは言葉が詰まる。
 サマンサに言われていた、坊ちゃん、なんてあれは昔だったから言われても平気だった。今はもうそんな歳じゃないし、第一あんな言われ方を誰かに聞かれでもしたら。
 特に、あの髭面の先輩ぶっているおじさんににでも聞かれたら笑われるどころじゃない。からかわれて周りに言いふらすに決まっている。
 ――バニーなんて、もってのほかだ!

「……てっ、適当で、良いです」
「かしこまりました。では、バーナビー様」
「何ですか?」
「本日のお夕食は、いかが致しますか?」

 掛け時計を見ると、既に六時を廻っていた。バーナビーは少し考えて、ある事を閃く。

「ヨージキ。久しぶりに食べてみたいんですよ。使用人なら簡単ですよね?」

 ヨージキなんてもの、バーナビーも本でしか読んだ事がない。食べた事があるなんて嘘だった。
 シシーが知らないだろう料理を作らせて、失敗させる。そして社長に、料理すらまともに作れない使用人だからと言って追い出そう、そう思ったのだった。

「かしこまりました。それでは材料を買いに行って参りますので、しばらくお待ちくださいませ」

 声色一つ変わることなく、シシーは小さくお辞儀をすると荷物を持ったまま部屋から出て行ってしまったのだった。

「――このまま帰ってこなくても良いんですけど」

 呟いて、壁にずるずると寄りかかって座り込む。だがバーナビーの思惑通りにはいかなかった。二時間と経たないうちに、寝室にまで良い香りが漂い始める。部屋に篭っていたバーナビーは様子を見ようとリビングへ向かった。

「こ、れは……」

 一人用の机に並べられていたのは、まるで写真から飛び出してきたかと思うほど、綺麗に彩られた料理だった。

「ヨージキでございます、バーナビー様。ミートボールの生地に生米を入れて煮込むと、火が通った時に団子の周りに針を刺したように米が出てくる様子が、ハリネズミのように見えることから、ハリネズミ、すなわちヨージキ、と言われております。ご存知でいらしたのですよね?」
「も、勿論ですよ! というか、なんでこんなもの作れるんですか!?」
「使用人の嗜みでございます。サワークリームとディルをつけてお召し上がりくださいませ。付け合わせはサーモンとクリームチーズのサラダと、ビシソワーズでございます」

 そう言って、シシーはバーナビーの斜め後ろに一歩下がって立った。
 バーナビーは唖然として料理を見つめた。
 まさか本当に作れるとは思っていなかったし、こんなに上手だとも思わなかったからだった。
 目の前の料理に思わず生唾を飲み込んだ。

「――いただきます」
「はい」

 しかしバーナビーはまだ信用してはいなかった。よくある典型的なパターンでは、見た目は良くても味は絶望的に悪いという事だってある。もしそうだったら、解雇してもらう事なんて簡単だ。
 そんな期待をしながら、バーナビーはナイフとフォークでヨージキを小さく切って口に運んだ。

「……トマトとサワークリームの酸味が効いていて、とても美味し、」

 言いかけて、バーナビーは口を閉ざした。無意識のうちに旨いといいかけた自分自身に驚いたのだった。
 見た目だけでなく、味までもがレストランのそれだった。ただ美味しいだけでなく、なぜか優しい味だと、バーナビーは思った。
 自分の家で、手料理を食べたのは始めてだったからだろうと推測する。

「お気に召しませんでしたでしょうか?」
「……まあ、合格ですよ」
「お褒めいただきありがとうございます。明日はまた同じ時間にご夕食を用意してもよろしいでしょうか?」
「え? ええ、お願いします……」
「それと、ご起床の時間ですが、八時でよろしいでしょうか?」
「そこまでしなくても、」
「契約内容に含まれております。バーナビー様が起床なされてから朝食をお召し上がりになってご出勤なさるまでが、契約内容でございますので」
「ガチガチですね……」
「何か?」

 まるで刑務所にでも入ったかのような強制的なスケジュールに、バーナビーはため息をついた。しかしこれも会社の為、スポンサーの為、両親の敵を探す為。
 早めにこの家事人形の欠点を探して、追い出してやろうとバーナビーは固く誓ったのだった。


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