バーナビーが全力で走って向かった場所には、虎徹とシシーが揃って待っていた。
「シシー! どうしてこんな人と一緒にいるんですか!?」
開口一番にシシーに向かって言うバーナビーの息は荒い。ここまで休みなしで走ってきたせいもあった。
噛みつくような口調で聞くバーナビーに、シシーは思わずたじろいだ。
「も、申し訳ございません……」
「いや、あのホラ、ここのスーパーで偶然会って、ねえ?」
二人の間に割入る虎徹の目配せに、気付いたシシーはコクリと頷いた。
「……帰りましょうシシー、」
「ま、ちょ、待ってよバニーちゃん、事件! 事件なの!!」
シシーの手を引いて帰ろうとするバーナビーの腕を掴んで引き止める。
「そういえばさっき電話で言ってましたね。なんですか?事件って」
「お前を呼んだのは他でもない。どうやらこの辺に窃盗団が潜んでいるらしいんだ。一緒に捕まえないか?」
「お断りします」
即答だった。あまりの即答ぶりに、虎徹はその場でコメディアンのような転び方をした。
「どうせそんな事じゃないかと思いましたよ。そういうのは本部の連絡を待ってから駆けつけるのが普通ですよ。それに今はシシーがいますので、危ない目に合わせられません」
「いやシシーちゃんは絶対大丈夫だと思うけど、」
うまく事が運んでいないところに、それを知らないアントニオ扮する窃盗犯Bが虎徹に近づく。そして段取り通りに持っていた鞄を掴んで走り去って行った。と思った矢先その場で立ち止まる。
「お兄様、ストラップが引っかかっております」
「お、おう!」
鞄のファスナーに、虎徹のポケットから出ていたストラップが引っかかっていた。アントニオは無理やり引っ張ると、ようやく取れたようで、鞄を持って走っていった。
「……あ、逃げた! 追うぞバ二ー!!」
虎徹が走って追いかけようとしたが、後ろが付いてこない。振り向くと痴話喧嘩を始めていた。
「シシー、なんでおじさんの事お兄様なんて呼んでるんですか!?」
「そう呼べとお兄様が仰いましたので」
「あんなの、おじさんでいいんですよ!」
「さようで」
「二人ともー、追うよー!」
虎徹が地団駄を踏みながら言うと、バーナビーはムスッとした顔でため息をついた。
「もういなくなっちゃったじゃないですか。シシー帰りますよ」
「ま、まだ近くにいるかもしれないじゃんか!?」
言うことを聞かないバーナビーに、困り果てる虎徹。それに助け舟を出したのはシシーだった。
「――虎徹様の仰る通りでございます。それに、私一度バーナビー様のご活躍を拝見したいと思っておりました。駄目でしょうか?」
その言葉に、バーナビーは一瞬考える。良いところを見せたらシシーにもっと好かれるかもしれない。
「そ、そういう事なら!? 手伝ってやらなくもないですよ!」
いつの間にか火照っていた顔を見られないように、バーナビーは顔を背けながら言った。
虎徹はナイスだとばかりに背中で親指を立てた。シシーはそれを見て無表情でピースする。
「やっぱり、もう見つかりませんって」
「そんな事ない!」
躍起になったバーナビーを連れて、キースたちが待っている場所へと戻る虎徹たちだったが、道を誤ったようだ。皆の姿がない。
「あれえ、どこだっけ……」
「虎徹様、先ほど申し上げましたがこの通りの一つ前で右に入った場所が所定の位置でございました」
「そ、そうだっけか?」
「何二人でブツブツ話してるんですか?」
様子のおかしい虎徹を見て、勘の良いバーナビーは何かに気づいたようだった。
「――犯人の場所でも知ってるんですか?」
「いいいや違う違う!必ずこの辺りに、いたいた!」
ゴミ箱の後ろからひょっこりと現れた男は、台本通りには動かず三人に背を向けてそろりと歩いていた。
「見つけたぞ!お前か、窃盗団の親分は!」
「なぜわかった」
観念したように、男は振り返る。窃盗犯Aはキースだったはずだ。それなのに、今目の前にいる男は体格も、声も、全く違うことにシシーは気付く。
「虎徹様、」
「貴様ら何者だ!」
「そう、それだよそれそれ!」
虎徹に別人だと告げようとしたのだが、男の声で遮られる。
ようやく台本通りに事が進むと、虎徹は内心小躍りしながら言った。
「貴様に名乗る名前など、」
「バーナビー。僕はバーナビー・ブルックスJr。この名前に聞き覚えないか?」
「まさか――ヒーロー!?」
聞き覚えのある名前に、男はたじろぎながら、懐から銃を取り出して二人に突きつけた。
その銃はお芝居で使うクラッカーではなく、紛れもなく本物だとシシーはわかるとバーナビーの前に立った。
「諦めて投降しなさい。じゃ、僕はここで」
「へ!?な、なんで?」
「ヒーローを前にして逃げないでしょう、もう解決じゃないですか。行きましょうシシー」
「バーナビー様お待ちくださ、」
「手をあげな!」
三人の後ろから、覆面を被った二人が飛び出してきた。カリーナとネイサンは三人に銃を突きつける。
「ヤバい、囲まれた」
「うちのオヤビンになんて事言ってくれるじゃないのさ。クズ野郎だなんて」
「そんな事誰も言ってませんけど」
「え?」
「そうなの?」
かみ合わない会話に、バーナビーは呆れ顔で言った。窃盗犯CとDは顔を見合わせる。
「お前ら僕の事馬鹿にしてんのか!?」
しばらく見ていた男だったが、痺れを切らして持っていたトリガーに指を置く。
「た、助けてくれ!」
「駄目だ、死ね!」
「バーナビー様!!」
シシーは虎徹とバーナビー二人を思い切り壁際に突き飛ばす。油断していた二人は重なるように倒れ込んだ。
クラッカーの音とは別の、本物の銃声が狭い路地裏にこだました。
「ってー……シシーちゃんこんなの台本にないでしょ!ていうかなんで弾でたの!?」
「――おじさん、どいてください!ていうか、今僕を盾にしませんでしたか!?」
言い合う二人に、シシーはついに声を荒げた。
「……二人とも、いい加減話を聞いてくださいまし! 今のは本物でございます!!」
「「え?」」
呆気にとられる二人をよそに、男は後ろからきた仲間の車を見つけると、銃を放り出してその車に乗ってその場を去った。
様子がおかしいと、カリーナとネイサン二人は銃と覆面を投げ捨て男を追った。
「――これは、一体どういう事ですか?」
二人の置いていった銃口からハッピーバースデーの文字が書かれた布が垂れているのを見て、バーナビーは怒りの混じった声で言った。
「実はバニーのバースデーサプライズを、」
「またお節介ですか、何度言ったらわかるんですか貴方は。結局こうやって周りに迷惑をかけて、こんな危ない目にシシーを巻き込むなんて!」
しょんぼりと肩を落とす虎徹を尻目に、バーナビーはシシーに低くひどく冷たい声で言った。
「これでわかったでしょう? 貴女はおじさんの事を過信しすぎていたんですよ――早く家に帰りなさい」
「……かしこまりました」
シシーの返事を聞いてバーナビーは表通りに向かって走り出した。虎徹もその後についていく。
「悪いなシシー、すぐ終わらせっから!早いとこ仲直りして誕生日祝おうぜ!」
こんな時でも他人に気遣える虎徹はすごいと感じながら、シシーはそれを聞いて強く頷いたのだった。