「「ハッピーバースデー!」」
何度目かの予行演習。シシーの棒読みに一同唖然としながらも、サプライズバースデーの準備は整っていった。
「オッケー!」虎徹の合図とともに犯人役をしていた四人が覆面を脱いだ。皆満足そうな顔をしている。
「いいんじゃなぁい?」
「ふふん、俺も様になってきただろー?」
「貴様に名乗る名前などない」ビシッと指を突き刺して虎徹はカッコつけて言った。シシーはそれを見て拍手している。
「お兄様お上手でございます」
「痺れるだろ?」
「はいはい! シシーも手なんか叩かなくていいよ、こいつが調子に乗るから!」
「わたしはどうだった? アドリブを入れてみたんだが」
自信ありげに言ってきたキースに、虎徹は渋い顔をして言った。
「やりすぎだよ! これで終わりだ。そしてジエンドだ、って。意味分かんねーだろ」
「す、すまない。アドリブは慎むよ……」
決め台詞をダメ出しされ、キースは少し寂しそうな顔をして肩を落とす。
「キース様もお上手でございました。まるで本物の窃盗犯のようでありました」
「そうか、そうか! ありがとうシシー君。本番もこの調子で頑張る事にするよ!」
シシーの褒めているのか貶しているのかわからない励ましで、キースは俄然やる気を出すと、シシーの肩をガッチリと掴んで笑いながら親指を立てた。シシーは不思議そうな顔をしながら、キースの真似をする。
「〜〜本当に可愛らしいなシシー君は! わたしのメ、妹にしたいくらいだ!」
何か父性本能でも働いたのか、キースはたまらずにぎゅっと抱きついてシシーの頭をこれでもかという程わしゃわしゃと撫でる。どちらかというと妹というよりも、犬を撫でている感じだった。ネイサンはキースの胸板で息ができないシシーを助け出す。
「――で、タイガー。プレゼントは決まったの?」
後ろで行われているコントをよそに、カリーナは虎徹のわき腹をつつきながら小声でささやいた。
「いや、アドバイス通りにファッション系を当たってみたけど、興味無しだったわ」
「そっか……ごめん」
「ありがとな」
虎徹はカリーナの頭を優しく撫でた。カリーナは嬉しそうに笑って、少しだけ頬を染めた。虎徹はそれに気づかずにカリーナの持っている偽バーナビーを掴もうとした。
「だから、俺もこれで、」
幸せそうに笑っていたカリーナの顔が一変して鬼のような形相になり、虎徹は驚く。
「何言ってんの、これはあたしたちからのプレゼントなの! アンタはパートナーとして特別にあげなきゃ」
「モチロン、シシーもネ」
「私も、ですか?」
「当たり前よ? アタシたちよりずっと近くにいるんだから」
特別。カリーナの言葉がシシーの頭の中でもやもやとしたものになった。昨日怒らせてしまった事を思い出し、自分が誕生日を祝っていいものかと疑問に思う。顔も見たくない相手に祝われても、バーナビーは喜ばないのではないか。
「特別、ねえ。なあシシーちゃんは何あげんの?」
俯いているシシーに、虎徹が聞いた。しかし返事がない。
「シシーちゃん?」呆けているシシーに虎徹はもう一度呼びかける。シシーは顔を上げて慌てて言った。
「も、申し訳ございません……ちょっと考え事を」
「ふーん」
何かを察した虎徹は顎鬚を触って少し考えると、シシーの肩を掴む。
「――プレゼント決まんないから、俺ちょっとシシーちゃんとバニーのプレゼント探してくるわー」
「今更かよ!?」
飄々としながらアントニオの背中を軽く叩く。
「五分くらいですぐ戻るからさっ」
「お兄様、」
虎徹は路地裏からシシーを引っ張り出して表通りに出て行った。その姿をカリーナとネイサン……女二人組が心配そうな目でじっと見つめていた。
表通りに出てすぐに自販機があった。「ここで良いな」虎徹はそこでコーヒーと紅茶を買うと、シシーに紅茶を手渡した。
「ほら飲みな」
「あのお代を、」
「いいのいいの。シシーちゃん、バーナビーとなんかあった?」
虎徹がさらりと訊いたのでシシーは目を丸くする。わかるような仕草は全く出してなかったはずなのに。
「前見た時より表情堅いし、ちょっと目が赤いぜ? おにいさんで良いなら話し聞いてやるからさ」
軽くウインクしながら優しく笑う虎徹に、シシーは言った。
「――お兄様は本当にすごい方ですね」
「ん?」
「そのように、ほんの些細な事で他の方の気分がわかるなんて、尊敬に値いたします」
「いやー尊敬だなんて」
褒められて嬉しいのか虎徹は、鼻の下を伸ばして頭を掻いた。
「――私もそんな風にできれば……バーナビー様を怒らせるような事はしなかったのかもしれません……」
「何、バニーちゃん怒らせちゃったの?」
シシー俯いたまま小さく頷く。
「そっか」虎徹は小さく相づちを打ってシシーの頭を大きな手のひらで撫でた。勿論理由は聞かなかった。二人の問題に首を突っ込んではいけないと思ったからだ。
「バニーちゃんが怒った原因はわかるの?」
「はい……」
「じゃあ簡単じゃねえか。バニーに会って謝る。そんだけだ」
「それだけでございますか?」
「そんだけでいいの。それにあいつだって子供じゃないんだから、いつまでも怒っちゃいないだろうよ。誕生日祝って、プレゼントでもくれてやったら案外すぐに機嫌良くなるんじゃね?」
「でも私プレゼントなんてもの、買っておりません……」
「心配しなさんな!」
虎徹は帽子を被りなおしながらにっこりと笑うと、シシーに耳打ちをしたのだった。