「ルールは簡単です。ショットグラスにお酒とソーダを半分入れて、手の平で蓋をして、テーブルに軽く叩きつけてシェイクするんです。それで、ソーダの泡が消えるまでに一気に飲み干すんです」
「それだけでございますか?」
「はい。それだけです。これを相手が潰れるまでやるんです」
「潰れるまで……でも、バーナビー様は明日お仕事が、」
「良いんですよ。今日はそんな気分なんです」

 俯いたバーナビーの顔に一瞬だけ暗い影が見えたような気がした。

「――かしこまりました。ただし、バーナビー様の状態が思わしくないと思った時点で、止めさせていただきます」
「――貴女、僕に勝つ気ですか?」
「はい」

 グラスに酒とサイダーを注ぎ終わったシシーが言った。バーナビーは不適に笑う。

「大口叩いていられるのも、今のうちですよ? 負けたら、一つだけ言うこと聞いて貰いますからね」
「かしこまりました」

 そう言って二人はグラスをテーブルに打ちつけてショットグラスの中身を飲み干したのだった。
 それが二時間前の出来事である。勝敗はご覧の通りだ。
 十杯目まではどちらも普段と変わらない顔をしていたが、二十杯目にはバーナビーの様子は少しおかしくなっていた。その時点でシシーは止めたのだが、それを聞かずに三十杯目に突入した時には完全に酔いつぶれてしまっていた。

「ていうか、おかしいでしょ貴女……あれだけ飲んで、顔色一つ変わらない、なんて」
「使用人の嗜みでございます」

 シシーはさらりと言いのけた。バーナビーをベッドに寝かせて、薄手の掛け布団をそっと身体にかけた。バーナビーは黙って寝返りを打った。かけたままの眼鏡がシシーの目に映る。このままでは危ないと、そっと眼鏡を外して隣のテーブルに畳んで置いた。

「……それでは、私は失礼致し、」
「だめ」

 バーナビーはシシーの腕を掴んでベッドに引きずり込んだ。シシーの身体を後ろから抱きしめる。

「バーナビー様っ、離してくださいまし! 私にくっついても硬い場所しかございませんよ!」
「いやです。ていうかなんですか、その逃げ口上」
「本当の事でございますから!」
「ふうん」

 バーナビーはいたずらっぽく笑うと、シシーの腹に、腕に、手に、指を這わせた。

「――別に硬くないじゃいですか。むしろ、抱き心地はいい方ですよ」
「さようでございますか……」

 バーナビーはシシーのうなじに顔をうずめて、腕に力を込めた。
 しばしの沈黙。それを破ったのはバーナビーだった。

「……なんて、答えたんですか?」
「何をでしょうか?」
「――僕の事好きか、聞かれたんですよね? なんて……答えたんですか」

 虎徹に訊かれたと聞いてから、ずっと問いただしたかった質問をバーナビーはついに口にしてしまった。
 素面だったら絶対に聞くことができないその質問に、バーナビーは内心祈るような気持ちで聞いたのだった。
 せめて、嫌われていなければいい。そう思いながらシシーの言葉を待った。

「よくわかりません、とお答えいたしました」

 わからないというのは、好きか、嫌いかもわからないという事なのだろうか。ほんの少しだけ期待していたものとは程遠い答えに、バーナビーの声のトーンが下がる。

「そう、ですか……」
「でも、昨日のお出かけは、本当に楽しかったです。虎徹様は、傍にいるだけで安心したりだとか、楽しいだとか、そういう気持ちがあるのなら、好きなのだと仰っておりました。だから、多分ですが私はバーナビー様の事が好きなのだと思います」

 シシーの口から、今一番ききたかった言葉が発せられた事に、バーナビーは自分の耳を疑った。

「あの、もう一回、言ってもらえませんか?」
「でも、昨日のお出かけは、」
「最後の方だけ!」
「多分ですが私はバーナビー様の事が好きなのだと思います」

 二度目も、聞き間違いではない事に、バーナビーは嬉しくてたまらなくなった。これ以上ないと思う程目一杯シシーを抱きしめた。

「苦しいですバーナビー様……」
「今だけ、いまだけです、から」
「さようでございますか」
「ねえシシー、僕も……シシーが、……す、――」

 安心して気が抜けてしまったのか、バーナビーはシシーを抱きしめたまま寝息を立て始めたのだった。
 今度はシシーが驚く番だった。今まで、愛称はおろか名前すら一度も口にしなかったバーナビーから聞こえた自分の名前に、心が踊る。
 その気持ちがなんだかわからないシシーは、自分の心臓の音が早まるのを心地よく思いながら、目を閉じた。

「――おやすみなさいまし、バーナビー様」

 自然とあがった口元にシシーは気づかぬまま、バーナビーの腕の中で眠るのだった。




TOP
bookmark?

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -