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「おじさんに会ったんですか!?」
「はい。知らない男性に話しかけられて、それから」
「知らない男に話しかけられたんですか!?」
更に大きな声で叫ぶバーナビーの言葉に、シシーは頷いた。バーナビーは頭を抱えて溜息をつきながら言った。
昨日から、食事は二人で一緒にとバーナビーが言ったのでシシーもこうして一緒に座って夕飯を食べていた。勿論シシーは最初、使用人だからと一緒に食事するのを拒否したのだが、そこはバーナビーの悪知恵が働いたのだ。なんてことはない。一緒に食べなければ自分も食べないと言っただけだ。
シシーはしばらく困った顔をしていたが、頷いてバーナビーの座る席の前に座ったのだった。
「それで。その男たちに会ったのはどこですか?」
「ダウンタウンにあるホットドック屋を曲がった角でございます」
「……明日からダウンタウン方面に行くのは禁止です」
「タイムセールが、」
「駄目です」
「――かしこまりました」
そう言ってシシーは、取り分けたシーザーサラダの乗った小皿をバーナビーに手渡した。
「そこで、通りかかったおじさんに助けられたわけですか……」
「よくわかりませんが、裏声で警察がーと、仰っておりました」
虎徹に借りができてしまったなと、バーナビーは眉間に皺を寄せてため息をついた。あの人のことだから余計な事を言ったのではないかと不安が過ぎる。
「……おじさんなんか他に言ってませんでしたか?」
「バーナビー様の事が好きかと質問なさいました」
それを聞いたバーナビーは、飲み込みかけたクルトンが詰まり思わずむせた。シシーは慌てて水の入ったグラスを手渡した。
「っな、なんですかその質問は!?」
「私にもよくわかりませんでした」
「ほんっとうに、迷惑な人ですね……」
「そうでしょうか?」
珍しく反論するシシーに、バーナビーは目を丸くした。
「あの方はバーナビー様の事をよくお考えになっているのだと思いますが」
「……それはない、有り得ない」
「さようでございますか」
「自分が良いとこ見せたいからって、いっつもいらないお節介ばかっり焼いて。付き合うこっちの身にもなって欲しいですよ」
バーナビーは持っていたフォークでレタスを突き刺した。
シシーはそれ以上は何も言わずに黙ってパスタを口に運ぶ。
「他には何も言われてませんか?ヒーローの仕事について、とか。僕の事とか」
「――笑った方が良いと、言われました」
「貴女が?」
「はい」
虎徹のお節介に苛立ってフォークを突き刺していた手が止まった。
笑顔なんてシシーがここに来てから一度も見たことがなかった。目を合わせた時にしか表情が動かないシシーだが、そんな時の顔ですら可愛いと思うのだ。笑うところなんて見たら、きっととてつもなく可愛いだろう。
――って、何を考えてるんだ僕は!
広がる想像をかき消すように、バーナビーはワイングラスの中身を一気に飲み干した。
「……バーナビー様は、私が笑ったら嬉しいですか?」
シシーがポツリとつぶやいた。
「え、ええ。まあ……」
バーナビーは頷いた。シシーは小さい声で「そうですか」と一瞬だけ寂しそうな顔をして言ったのを、バーナビーは見逃さなかった。
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「バーナビー様、大丈夫でございますか?」
「はい――大、丈夫です」
虚ろな瞳で受け答えするバーナビーの体を支えながらシシーは寝室に向かいゆっくりと歩いていた。
「あの、バーナビー様お部屋につきましたが、」
「入って良いですよー。きょうはとくべつです」
「さようで、ございますか」
呂律が回らなくってきているバーナビーを見て、シシーは飲ませすぎたと反省していた。
「飲み比べしませんか?」とバーナビーに言われたのが約二時間前の事だった。唐突に立ち上がっていなくなったかと思うと、帰ってきた彼の手には酒の瓶とショットグラスとサイダーが握られていた。
バーナビーはワインを何杯か飲んでいるせいか既にほろ酔いだった。一度は断ったシシーだったが、一気に不機嫌な顔になったバーナビーの為に仕方なくやる事にしたのだった。