「捕まった私は捕虜として扱われましたが、敵国の者ではないことがわかると、今度は兵士として扱われるようになりました」
「で、でも、貴女はまだ四歳だったんですよね?」
「歳は関係ありません。むしろ歳が若ければ若い方が扱いやすいのです。幼い頃からマインドコントロールしてしまえばいいのですから」
「そんな――」
「私はそこの軍で訓練を受けました。勿論人を殺す訓練でございます。人を殺せば褒められる。失敗すれば食事は貰えず折檻される。子供に恐怖心を植えつけ、反抗心を失わせるには充分でした」
「それじゃあ、貴女は人を……」

 バーナビーが発した言葉にシシーの肩はピクリと反応して、少し間を開けて頷いた。前で組んでいた手はやはり小刻みに震えているように見えた。

「それから十年間、何度か敵国や場所が変わったものの、戦争が終わることはありません。当たり前のように人を殺すだけの生活。照準装置から覗いて、指を一本動かしただけで覗いていた人の命を奪うことが出来る。目の前で人の手足が一瞬にして吹き千切れるなんてことは日常茶飯事。明日はわが身だと恐怖して気を弛める暇もない。その事実が私の心を蝕んでいきました。そして限界が来たのです。ある日、敵国の指導者の子供を射殺しろという命令が下りました。でも私には出来なかった。照準の先で笑いあう親子の姿を見て、見て……」

 その時に親子の顔がバーナビーと両親に重なったことを思い出して、シシーは言葉を濁した。だが、自分に奮い立たせるように頭を振ると、再び話し始めた。

「私はその場から逃げ出しました。船や飛行機を駆使して、戦争のない場所まで逃げることが出来ました。それがここでございます」

 再びシシーはステンドグラスに振り返った。差し込む光が瞬いて、この世の物とは思えない程に美しいそれにシシーは溜め息を吐く。

「――本当に美しいと思いました。こんなに綺麗な物、本の中でも見たことがなかった。でも同時に思ったのです。人を殺めた私にこんなに美しいものを見る権利はないのだと。私が手をかけた人々は、こんなにきれいな物を見る事が出来ずに死んでいったのかもしれないというのに、私が見ていいわけがないと……そして私はこれ以上生きていてはいけないのだと思い込み、落ちていた木材で自分を貫きました」
「……でも、死ねなかった」
「――はい。母のお陰で、深手を負ったはずの私は一命を取り留めることができました。それから五年程、拾っていただいたシスターたちに常人の仕事を教えていただいて、今に至ります」

「……また死にたいって思わなかったんですか?」
「勿論考えたこともありましたが、シスターミルドリッドに愚かなことだと殴り――もとい教えられましたので」

 振り返らず、じっとステンドグラスを見上げるシシーの背後にバーナビーは立って、何か言おうと口を開きかけた。だが、何も発せられることはなかった。なんといって良いのか自分でもわからなかったからだ。
 バーナビーが困っていることをシシーは察していた。しかし話さなければならないと思っていたのだ。

「これでバーナビー様に隠していることは何もありません。これで全て告白することができました。でも、」
「懺悔がまだ残ってる」

 バーナビーが言うと、シシーは小さく頷いた。

「……私は一度、バーナビー様との約束を破ろうと致しました。貴方と再び会うという約束を破り、守るという約束を破って死のうとしました。そしてたくさんの人も殺めました。これが懺悔――ですが、それを赦して欲しいなんて甘いことは言いませんし、今の話を聞いてバーナビー様に何を思われても致し方ない事……嫌われるのも、拒絶されるのも覚悟の上でございます。勿論使用人としての契約も破棄して、」

 話し続けるシシーをバーナビーは背後から抱きすくめた。バーナビーの指はシシーの指の間へとするすると滑りこんでいくと、きゅっと力強く握った。

「――手、震えてる」
「そ、それは……」
「わかってます。僕に話すのが怖かったんですよね」

 異常な生い立ち。聞かれれば確実に嫌われるとわかっていた。それでも尚話したのは、好きだと言ってくれた人に隠し事をしたくなかったからだ。
 言ったからには覚悟は出来ていたはずだった。しかしいざ口に出して見れば、やはりバーナビーに嫌われるのも拒否されるのも怖くなった。バーナビーが自分を受け入れてくれなかったら、今度こそ独りになってしまう。考えただけで口が乾き、手が震えた。

「……僕はね、シシー。やっぱり貴女が好きです」

 バーナビーの言葉は嫌悪を表すものでも、拒絶する言葉でもなかったことに驚いて、シシーは目を見開いて振り返った。といっても、抱きすくめられている状態なので首を動かすことしかできなかったが。
 視線があったバーナビーはにこりと笑って言った。

「独り善がりで、頑固で負けず嫌いで、僕の事ばっかり考えてる、一途な貴女が好きです」
「バーナビー、さま――」

 優しい言葉にシシーは思わず涙ぐむ。話を聞いた上でまだこうやって好意を持たれることが嬉しかったのだ。
 バーナビーはシシーの体を自分に向けさせると、視線が合うように少し屈んだ。

「ねえ、シシーは僕のことが嫌い?」
「――そんなことはありません」
「シシーは僕と一緒に居たくないんですか?」
「バーナビー様が良いと仰るのでしたら、」
「貴女が思ってることを聞きたいんです」
「私の思っていること……?」
「僕は僕自身のやりたいことをやるし、言いたいことを言います。それは僕が僕だからです。でもシシーは違う。貴女は僕のことばかりを考えて、自分は後回しにした言葉を選んでる。僕のことを考えてくれるのは嬉しいけど、やっぱり貴女自身の言葉が聞きたいんです」
「私の言葉……?」

 シシーは言葉を詰まらせた。今まで自分のことなんて考えたことがなかった。全てが全て、バーナビーを優先して考えていたからだ。勿論使用人だったからということもあるが、シシーのそれは度を超えていたのだ。

「私、は――……」

 言いたいことが頭の中でごった返して引っ掻き回す。どれを言って良いのか、駄目なのか検討さえ付けることができない。自分の言葉を、思っていることを口に出すことがこれほどまでに難しいとは思わなかった。
 視線が右往左往する中、ただただバーナビーの深緑はシシーを見つめ続けていた。
 ――それに、応えなくては。シシーはゆっくりと深呼吸をして目を閉じる。やはりバーナビーの表情ばかりが目の奥に浮かび上がる。
 起きたばかりでセットされていない髪のままの彼。ふてくされた横顔。犯人逮捕に真剣な顔。手をつないで買い物に行った時に見た笑顔。
 一瞬で思い出されるバーナビーの表情を思い出せば出すほど伝えたい言葉が溢れ出す。
 伝えたい。応えたい。

「……私は、貴方と一緒にいたい」

 ようやく出した声は振るえていた。バーナビーは笑いながらシシーの手を取った。

「シシーが一緒にいたいなら、僕はずっと一緒にいます」
「私は……貴方に嫌われるのが怖い」
「シシーが嫌われたくないなら、僕はずっと好きでいます」
「私は貴方に忘れられるのが、怖い」
「心配しないでください。もう絶対に忘れたりなんかしませんから」

 シシーの瞳からはいつしか涙が溢れていた。
 優しい言葉に暖かい手。これにもっと答えたい。

「私は、貴方が……好き」

 バーナビーは一瞬目を丸くしたが、再び笑顔に戻る。

「僕もシシーが好きです。これからもずっと僕と一緒にいたいと思ってます――勿論恋人として」
「……今の話を全て聞いた上で仰っているのですか」
「当たり前です。それともこの僕がそんなに簡単に諦めるとでも思ったんですか? 僕が負けず嫌いなの知ってるでしょう」

 今度はシシーが驚く番だった。あの話を聞いても尚、心変わりせずに好きでいてくれたことが嬉しかった。

「それで、返事は今もらえるんですよね」

 急かすように言われ、シシーは考えた。
 2日前、バーナビーは同じように告白してくれた。その時はまだ本当の自分を見せていなかったから断ったのだ。だが今は違う。全てを知られた今でも、バーナビーは好きだと言ってくれた。シシーにはこの申し出を断る理由が何一つ見あたらなかった。

「よ、よろしくお願いいたします――っ!?」

 答えたい途端に目の前が何かで塞がれた。数瞬経ってそれがバーナビーの胸の中だと気付いた時にはシシーはパニックになって逃げようともがいてみたが、抜け出すことすらできない。バーナビーはそんなシシーに構うことなくきつく抱きしめた。

「……もう振られるのはこりごりですから」
「申し訳ございませんでした、バーナビー様」

 顔を合わせると、自然と笑みをこぼしていた。バーナビーはシシーの両頬に手を添えた。シシーはゆっくりと落ちてくる唇を待ち受けるように、開いていた目を閉じた。
 唇同士が触れ合うだけの口付けだった。それさえも恥ずかしくて、シシーの頭は真っ白になった。
 長かったような短かったようなキスが終わってバーナビーが離れていった。顔を真っ赤にして震えているシシーを見て、バーナビーはいたずらっぽく笑った。

「なんか、結婚式挙げたみたいですね」
「な、な!?」

 バーナビーの冗談であわてふためくシシーにさらに追い討ちをかけるように耳元で言った。

「早くチャック閉じてくださいね。じゃないと襲いますよ」

 傷痕を見せる為に降ろしていたチャックを指差され、シシーは耳まで赤くながら慌てて閉じると、今度は怒りにふるふると震えた。

「も、もっと早く言ってくださいまし!」
「いい眺めだったから、つい」
「オヤジ臭いですバーナビー様――」

 むすっとした顔になったシシーに、バーナビーはくすりと笑って手を差し出した。どんなに機嫌が悪くとも、その手を握り返してくれることをバーナビーは知っていた。

「行きましょう」
「――はい」

 案の定握られた手を引いて、二人は教会から出て行こうとした。
 ふとシシーが後ろを振り返った。そこには真っ赤な光を浴びたステンドグラスが変わらずにありつづけていた。

「終わりと始まりの場所……」
「どうかしましたかシシー」
「――何でもありません。行きましょう」

 シシーは再び歩き出す。大切な人と共に、これからを生きる為に。



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