***40***

 二日後。大きすぎる溜め息がトレーニングルームに響き渡った。ネイサンとカリーナ、そしてホァンは怪訝な顔をしながら見た自然の先にはバーナビーがいた。
 既に朝から数え切れない程の溜め息をつくバーナビーに、見かねたネイサンがやんわりと話しかけた。

「ねえハンサム、体調悪いなら帰った方が良いんじゃない? まだ休み残ってるでショ」
「……僕に構わなくても良いですから」

 顔を腕で隠してベンチプレスに寝そべっているバーナビーが言った。その声に覇気はない。

「なんか暗いね、バーナビー」
「シシーに振られたのが相当ショックだったみたいね……」

 カリーナとドラゴンキッドは少し離れた場所からバーナビーを眺めていた。バーナビーが振られたことは
 他のヒーローたちの姿はなかった。まだ怪我で動けない者もいれば、もらった休みを有効に使っている者もいた。バーナビーもその中の一人ではあったが、二日前にシシーに告白して断られたショックで抜け殻のようになっていた。
 心配した三人が何度か話しかけてはいたが、返事はくるものの上の空。
 困り果てる三人だったが、ネイサンにかかった一本の電話によって助けられることとなる。
 鳴り出した電話を出たネイサンの顔がどんどん明るくなっていく。その電話は繋がったままバーナビーに手渡された。

「あんたによ、ハンサム」

 ネイサンにかかってきた電話を何故渡されたのか疑問に思いながらも、バーナビーは受話器を耳に当てた。

『携帯電話を自宅に置き忘れるのはあまり感心致しません』

 電話越しに聞こえたのは、二日前に告白して振られた人。それでもまだ諦められない想い人。自分の使用人。
 思わずベンチプレスから起きあがる。

「えっ、シシー、なんで!?」
『先程退院致しましたのでご報告をと思いまして』
「今日退院だったんですか!? なんでもっと早く、」
「言っておいたはずですが」

 バーナビーは心の中で自分を叱咤した。何やってるんだ、これでは好かれるどころか嫌われる一方じゃないか。
 声が聞けた嬉しさはどこへやら、一気に気持ちが落ち込んだバーナビーは肩を落とす。

「……すみません、でした。迎えに行かなくて」
『いえ、バーナビー様が謝ることではございませんし、迎えに来るなんて恐れ多き事でございます。それよりも本日もお休みのご予定では?』
「え、っと、体を動かしたくて……」

 全くのでたらめだった。ただ自宅にいるのが嫌だった。シシーとの思い出を思い出してしまうし、シシーがいないことで大きな部屋に一人で取り残された気持ちになってしまう。シシーとの思い出が一番詰まっている場所で、一人でいることが苦痛だった。
 家にはいたくない。とすれば行くならここしかなかった。

『ベンチプレスに何時間も寝そべっていることが運動に繋がるのでございますか?』
「見てたんですか」
『バーナビー様が携帯電話も持たずに外出なさるからです』

 シシーは静かに言ってはいるものの、少し怒っているようだった。多分家にいなかったことを心配したのだろう。
 あまり感情を表に出さないシシーの気持ちを電話越しに気付いたことに、怒られたというのに嬉しくなった。バーナビーの顔はいつの間にか綻んでいた。

「すみません、次からは気をつけます」
『何をお笑いになっているのですか、バーナビー様』
「ま、まだ見てたんですか!? もう大丈夫だから見なくても良いですよ!」
『かしこまりました。バーナビー様、これからお時間はございますか?』
「まあないこともないですけど……なんでですか?」
『――一緒にいって頂きたい場所がございます』
「べ、別に僕じゃなくても良いんじゃ、」
『大事なお話があるのです。バーナビー様に来て欲しいのです』

 大事な話、と言われてしまえば気にならないわけがない。バーナビーはベンチプレスから立ち上がると近くに放り投げていたジャケットを掴んだ。

「いきます。今から行きます。どこにむかえば良いですか」
『アポロンメディアのエントランスにてお待ちしております。では』

 すぐそこにいるということを知ったバーナビーは慌てた様子で使い終わった携帯電話をネイサンに手渡した。

「すみません、僕急用ができたので失礼します!」

 先程とは打って変わって笑顔になったバーナビーを、三人は唖然とした顔で見やった。
 バーナビーが出て行くとネイサンは呆れ顔でため息をついた。

「ハンサムったら、まるで乙女ね」
「え、でもバーナビーは男だよ?」

 ホァンは首を傾げた。ネイサンの言う意味を理解できなかった。そんなホァンに、ネイサンは見せるように人差し指を口に置いてウィンクした。

「恋をすればあれだけ変わることが出来るってコトよ」
「――ふうん」

 いまいち理解できないその意味を考えながら、ホァンは閉じていく自動ドアを見つめていた。


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「こ、んなバイク持ってたんですね」
「こちらに来てから乗ることはありませんでしたから」

 しれっとした顔で答えるシシーとは対照的にバーナビーは顔を見れずに右へ左へと目を泳がせている。会えることばかりを考えて、振られたことをすっかり忘れていて顔を合わせ辛いのだ。それだけではなく、今のシシーの服装が目のやり場に困るものだった。身体にぴったりとした黒のライダースーツが、いつもならば隠しているはずの胸や腰のラインを強調していた。
 小脇に抱えた真っ黒なフルフェイスのヘルメットが目にはいる。
 なんとか恥ずかしさを拭うために無理やり話題を作ってみる。

「まるで映画の悪役ですね。銀行強盗にでもいくつもりですか?」
「ご冗談だと受け取ってよろしいのでしょうか」
「――冗談に決まってるでしょう」

 シシーの方は変わりなくバーナビーの言葉を返すので、恥ずかしくなっている自分が馬鹿らしくなった。いつも通りの表情に戻ったバーナビーがシシーに訊いた。

「で、一体どこに行くんですか?」
「少し遠出になりますがよろしいでしょうか?」
「貴女とならばどこにでも」

 逆に質問され、バーナビーはにこりと笑って返事した。
 シシーはバイクに乗せていたもう一つのヘルメットを取ってバーナビーの前に差し出した。

「場所は後ほどお教え致します。こちらを付けてからお乗りくださいまし」

 渡されたヘルメットを被っていると、エンジンをふかす音が聞こえた。
 見れば、シシーはバイクに跨がった状態でバーナビーを待ち受けていた。その後ろには一人分のスペースが空いていた。

「――僕が後ろですか」

 コクリと頷いたのを見てから、バーナビーはバイクに跨がるとシシーの腰に手を回した。

「しっかり掴まっていでくださいまし。落ちますから」
「な、え、ちょっ!?」

 シシーはギアを入れると間髪入れることなく発進させたのだった。




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