***38***

 パワードスーツの対処法を告げると、シシーはポケットから携帯電話を引っ張り出して虎徹の番号を呼び出した。すぐ近くではバーナビーとジェイクの戦闘が繰り広げられていた。シシーは気付かれないように観客席の下を移動しながら電話先の相手が出るのを待った。
 虎徹がタクシーでこちらに向かっていることは能力でわかっていた。来る前に研究者から何か貰っていたのを見てシシーは虎徹がジェイクの能力に気づいたのではないかと思い、電話をかけた。
 虎徹がジャケットから携帯を取り出してボタンを押したのを見計らってシシーは言った。

「虎徹様、ジェイクの能力は私がバーナビー様にお伝え致します。ですから早急に病院へお戻り下さいまし」
『――こりゃまた突然だな』
「そのお身体で動かれては傷が悪化致します。ハンドレットパワーで治したとしても限界があるはずです」

 シシーが能力を使って見たのは、ずっとわき腹を抑えて脂汗を流す虎徹の姿だった。大怪我を治したように見せているだけで、実際に身体は動いて良い状態ではないことにシシーは気づいていた。
 身を案じるシシーに虎徹はふっと笑った。とても穏やかな笑顔だった。

『ちゃんと守ってたんだな』
「え?」

 検討違いの答えにシシーはきょとんとする。

『前、言ってただろ? バニーを守るって。でもやりすぎだ。あんな風に怪我までしてもバニーは喜ばねーぞ』

 虎徹の言っているのは、ジェイクの攻撃からバーナビーをかばったことだろうとシシーは推測した。

「――あれは仕方のない事です。バーナビー様の事が心配になって、いてもたってもいられなくなったからで、」
『俺もシシーと同じ気持ちだよ。バーナビーの事が心配でたまんねえ。相方が大変な目にあってるってのに、病室でのんびり寝てるなんてできねえんだよ』

 話しているうちに虎徹の乗ったタクシーはアリーナの裏側に到着してしまった。

『それに、俺が伝えないとダメなんだよ。ジェイクの能力は俺じゃないと伝えられないんだ』

 虎徹は真剣な眼差しでアリーナを見上げると、信念のこもった声で言った。
 自分の身体が傷ついても尚、行動してくれる虎徹に胸が暖かくなった。こんなに身近にバーナビーを思ってくれる人がいることにシシーは嬉しくなったのだ。

『だからよ、俺のワガママだと思って見逃してくれないか』
「――それは出来ません」
『えっ』
「勿論、今はバーナビー様の事を一番に考えるべきではありますが、これ以上虎徹様の身を危険に晒したくないのです。貴方はバーナビー様にとっても私にとっても、かけがえのないものだと認識しておりますから」
『――それって、俺も大事だってこと?』
「そう言っておりますが?」

 不器用な諭し方に虎徹は思わず笑い出す。

「な、何かおかしいことを申しましたでしょうか」
『いや、悪い悪い。ありがとな、俺もシシーを大事に思ってるぜ』

 無意識うちにシシーは顔を赤らめていた。少し上擦った声で言った。

「……そ、そんなことは聞いてはおりません」
『俺が言いたかったからいーの。そいじゃ、バニーに教えに行くから大人しく、』
「駄目でございます」
『あのな、』
「私も一緒については行きます。そういえば貴方の身を危険にする事もありませんから」
『――ダメだ、っつっても来るつもりだな』
「勿論でございます」

 どちらも譲る気はないらしい。数秒の沈黙の後、虎徹は溜め息を漏らした。

『良いか、バニーに話すのは俺だ。絶対にシシーが言うんじゃないぞ。それさえ守ればこの作戦はうまくいくはずだ』
「それはこちらに来る前に手渡された物と関係があるのですね」
『何でもお見通しなわけか』
「勿論、全て見えておりますから。――承知致しました。虎徹様を信じます」
『サンキューな。それじゃ、上に集合な!』
「上?」

 虎徹のいう上がわからないシシーは文字通り上を見た。朝から降っていた雨はいつの間にか止んでいて、薄い雲が漂っていた。



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 能力を使用してから何分経過したかバーナビーはわからなかった。目の端にはタイマーがあるが見る気にはなれなかった。絶望までのカウントダウンを見ても今の状況は変わらないからだ。
 バーナビーは何十回目かの空を見ていた。どんよりと雲があるものの、先程まで降っていた雨はヒーロースーツを打ちつけるようなことはなかった。
 痛む体に鞭を打って再び立ち上がり、バーナビーはにやけるジェイクの顔めがけて攻撃を繰り出した。しかしそれはかすりもせず、逆にバリアで反撃をくらって跳ね返されてしまう。試合が開始してから何十回目かのダウンをとられてしまった。

「どしたどした、こんなもんか?」

 さもつまらないという風にジェイクは耳の穴を弄ってバーナビーを見下ろしていた。能力を発動させても尚、ジェイクには指一本も触れてはいなかった。

「あれ、あの女どこ行きやがった?」

 ジェイクの言葉にバーナビーは顔をあげた。観客席に寝かせておいたシシーの姿がなかった。ジェイクは気づかなかったことに腹をたてたのか、地団駄を踏みながら怒鳴った。

「おい、出てきやがれ! くそっ、先に見つけて殺してやる」
「させるか――ッ!」
「うるせーんだよテメェはよ!!」
「うぁああああ!!」

 バーナビーが攻撃のモーションを見せる前にジェイクはバリアを撃つ。バーナビーはその反動で高々と身体が舞った。

「あーらら、飛ばし過ぎちゃった」

 そんなジェイクの茶化した声が聞こえるはずもなく。バーナビーはアリーナの屋根へと体を打ちつけながら落ちた。既に体力も限界に近かった。それでもバーナビーはほとんど気力だけで立ち上がった。しかし、ついにその鋼の精神にひびがはいりはじめる。
 ジェイクに再び挑んで行っても、また同じようにあしらわれて終わりだろう。こちらの能力が切れて、体が動けなくなる方が早いのは目に見えていた。
 ――このまま負けてしまうのだろうか。最悪な言葉が頭に浮かんだ。この日の為だけに、ジェイクを捕まえる為だけ生きてきたのに、それすらも出来ないなんて今まで生きてきた意味があるのだろうか。
 ――全てを投げ出してしまおうか。そうすれば楽になれる。
 悪魔のような囁きが聞こえた気がした。バーナビーにはその言葉に逆らう力は残されていなかった。ここで倒れてしまえば、全てが終わる。例え最悪な事態になったとしても、楽になれるのなら。
 誘惑によって体がゆっくりと後ろに倒れていく。心の中で愛しい人の名前を呟きながら。
 倒れていくはずのバーナビーの体が止まる。肩には見覚えのある時計をした手があり、体を支えていた。

「大丈夫か、バニー」

 耳元で優しい声がした。バーナビーが振り返ると虎徹が立っていた。

「おじさん何しに来たんですか、第一あなた……シシー!?」

 虎徹の後ろから気を失っていたはずのシシーがゆっくりと現れた。

「なんで貴女までここに……二人とも、怪我はどうしたんですか!」
「ご心配なさらないで下さいまし」
「俺もあのぐらいへっちゃらへっちゃら」

「おーい!さっさと降りてこいよー!」ジェイクの呼び声が下から聞こえた。バーナビーは再び向かおうと二人に背を向けた。しかし虎徹がそれを呼び止める。

「ちょっと待てよ」
「また僕の邪魔をするつもりですか? もう時間がないんです!」
「ジェイクの能力が分かったんだ。攻撃が当たらないのは俺達の動きを読んでいるからだ」

 真剣な眼差しで見据える虎徹の話をバーナビーは黙って聞いていた。

「つまり、アイツの二つ目の能力は……耳がいいって事だ」
「「――は?」」

 バーナビーとシシーの声が重なる。予想だにしていなかった言葉に二人は唖然としているが、虎徹は構わず続けた。

「俺との戦闘でジェイクは全て聞こえてるって言った。それが答えだったんだ。奴の能力は超聴覚。筋肉の動く音を聞いて、次の動きを察知していた。な、そうだろシシー」

 話を振られたシシーは虎徹の顔を見上げた。その瞳は真っ直ぐにこちらに向けられていた。これが言っていた作戦だと気付いたシシーは力強く頷いて言った。

「虎徹様の言う通りでございます」
「……だけど、」

 やはりすぐには信用する気はないのだろう。バーナビーの顔には迷いが見てとれた。
 虎徹はそんなバーナビーの手を取ると、ある物を手渡した。野球ボールほどの大きさの機械にはボタンがついていた。

「これを使って奴を倒せ。斎藤さん特製の超音波弾だ。ジェイクの耳を潰し、その隙に攻撃しろ」

 バーナビーは受けとったものの、やはり顔は困惑した表情のままだった。真っ直ぐに向けられている虎徹の視線から逃げるようにさてバーナビーは俯いた。

「僕はまだ貴方を信じることができない。貴方は、僕を信じてくれなかった。だから、もう――」
「バニー!」
「もうすぐ能力は切れる。最後は自分だけを信じて攻撃します」

 視線を二人に向けることなくバーナビーは歩き出した。それを追おうと虎徹は動いたものの、無理をし続けたせいで傷口が痛み出してその場に屈む。シシーは慌てて虎徹の肩を持った。

「虎徹様」
「貴方、体……」

 無理をしてまで自分にジェイクの能力を教えにきた虎徹を見て、バーナビーは驚く。どうして他人の為にここまでできるのか理解できなかったからだ。

「おせーんだよ!」

 ジェイクの苛ついた声が下から聞こえたかと思うと、バリアが天井に向けて放たれた。バリアはバーナビーの立っていた場所が壊れ、瓦礫と一緒に地面へと落ちた。
 バーナビーは受け身を取って無事ではあったが、再びジェイクと戦う体力は残っていなかった。

「やっと戻ってきたか」

 へらへらと笑うジェイクを見て、これが最後の攻撃になるだろうとバーナビーは思った。上をちらりと見上げた。そこには固唾を飲んで見守る虎徹の姿があった。純粋で、真っ直ぐで、バーナビーを信用しきっている瞳で見つめていた。
 バーナビーは今だけは、そんな視線を向ける相棒を信じてみることにした。

「ジェイク、覚悟しろ!」

 手渡された爆弾のボタンをジェイクの頭上へと高々と投げつけた。数秒して耳をつんざく高音がその爆弾から鳴り響く。ジェイクはそれを聞いて耳を塞いだ。
 その隙を見てバーナビーは拳を強く握りしめてジェイクに殴りかかった。だが、その拳ですらジェイクに当たることはなかった。薄ら笑いを浮かべたジェイクに軽々とよけられたのだ。
 もう終わった。バーナビーは心の中で自責の念にかられた。あんな人を信用した自分を殺したくなるほどに。

「あんなモンで俺を倒せる訳ねぇだろ!」

 ジェイクは落ちてくる超音波弾に向けて指をならした。バリアが放たれ、それに当たった。
 その時だった。超音波弾が破裂すると目を開けていられない程にまばゆい光が辺りを包んだ。

「今だバーナビー!」

 虎徹の声が頭上から聞こえた。はっとしたバーナビーはマスクのスコープを即座に切り替えてジェイクに向かっていくと、全力でジェイクの体を蹴り上げた。
 ジェイクは避けられずに直撃し、反動でアリーナの屋根へと吹き飛んだ。バーナビーは間髪入れずに、ジェイクの後を追った。
 屋根の上でジェイクは弱々しい声を出して唸っていた。演技には見えなかった。バーナビーはゆっくりと近付いてジェイクの首を掴みあげた。

「いてぇよ、助けて、殺さないで……ヒーローなんだろ、頼む」

 今まで散々悪事を働いてきた人間の言葉ではなかった。バーナビーはそれを聞いて胸の奥底からドス黒い感情が湧き出し、無意識のうちに掴んでいた手に力を込めていた。
 このまま力を入れ続ければ、ジェイクは死ぬ。両親を殺した犯人がいなくなる。
 バーナビーの手はギリギリと力がこもる。
 不意に、その手を握られた。小さな手だった。自分よりの手よりも一回りもふた回りも小さな手。視線をずらすとスミレ色の瞳が綺麗なものをこぼしながらバーナビーを見上げていた。
 我に返ったバーナビーはジェイクから手を離した。 動けないジェイクを見下ろして言い放った。

「一生かけて罪を償え」

 ジェイクは答えることなくその場でうなだれた。同時にバーナビーの能力が終了を告げるアナウンスが聞こえた。




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