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 自宅で残っていた仕事を片付けていたバーナビーだったが、携帯電話にメールが届いている事に気付く。開いてみると、相手は虎徹だった。

『ヤッホー!ちゃんと飯食ってる?』

 ニコニコ笑った虎の絵文字が最後についていた。なんだかイラっとするその絵文字を見てバーナビーは携帯電話を閉じた。

「はあ……」
「どうなされましたか?」
「――相方のおじさんが煩わしくて」
「煩わしい?」
「最近多いんですよ、おじさんからのメール。今も『ちゃんと飯食ってる?』だとか送ってきて。昨日なんて『ちゃんと歯磨いて寝るんだぞ!』とか」
「心配なさっているだけなのでは?」
「度が過ぎてますよ。無駄なおせっかいは他人に迷惑をかけるだけだっていうのに……」
「そうお伝えすればよろしいのではないのですか?」
「さすがのおじさんも、そんな風に言ったら傷つくんじゃ、」

 言っている傍から、またメールが届く。開く前に液晶に名前が出たので誰からなのかはすぐにわかった。

『明日の朝は早いから、寝坊しちゃ駄目ダゾ☆』

 最後の星マークと、キスマークを飛ばす虎の絵文字にバーナビーはわなわなと肩を震わせた。

「――明日、言う事にします」
「その方がよろしいかと」

 音を立てずに、シシーはテーブルにソーサーとコーヒーカップを置いた。

「バーナビー様、私はこれから夕飯の買い物に行ってまいりますがよろしいでしょうか?」
「わかりました。気をつけてくださいね」
「では行って参ります」

 ペコリとお辞儀をして、シシーはキッチンに向かっていった。
 今日は午前中に事件があった。すぐに解決したので、帰ってくるのがいつもより早かったのだ。そのお陰でシシーが家から出かけるところなんてバーナビーは初めて見るのだった。
 残っていた仕事もほとんど終えたバーナビーは、ある事を思いつく。パソコンの電源を切って一度部屋に戻ると、紙袋を持ってキッチンにいるシシーに話しかけた。

「今日は夕飯いらないです!」
「かしこまりました。どこかお出かけになるのですか?」
「はい! 貴女と一緒に」
「え?」

 シシーは言葉の意味を理解出来ずに首をかしげた。そんなシシーにバーナビーは持っていた紙袋を手渡した。

「これ着て一緒に出かけましょう」
「これ、ですか?」
「かしこまりました。では着替えてまいります」

 そう言ってシシーは玄関に向かって歩き出す。

「ど、どこ行くんですか?」
「私の部屋ですが」
「部屋って、」
「隣の部屋でございます。マーベリック様から、バーナビー様にお仕えする際に支給されました」
「――知らなかった」
「お伝えしておりませんでしたから」

 確かマーベリックは、マンションのこの階は自分だけしか住んでいないと言っていた。使用人なので、何かがあった時にすぐ駆けつけられるようにこの階に住まわされたと思うのだが、まさかこの部屋の隣に住んでいたとは思いもよらなかった。
 だから水を渡す為だけにあんな深夜に家に来る事が出来たのかと納得すると共に、シシーの事を何も知らなかった自分を少しだけ悔やんだ。

「それじゃあ五時になったら、部屋に迎えに行きますね」
「私がこちらに参ります」
「駄目ですよ。待っててください」
「は、はい。では失礼いたします」

 大事そうに紙袋を持って、シシーは部屋から出て行ったのだった。



--------------



 バーナビーは隣の部屋のインターホンを押した。おずおずと出てきたのは見慣れたメイド服ではなく、浅めにV字カットされた白いオフショルダーのセーターを着たシシー。足元は黒いストッキングにヒールの高いショートブーツを履いていた。

「あの、バーナビー様?」

 まじまじと見つめるバーナビーの視線に、シシーは涙目になりながら小さくなっていった。やっぱり自分の見立ては正解だったと、バーナビーは満足そうに頷いた。

「良い感じじゃないですか」
「お、落ち着きません……色々隠せないです、し」

「色々?」俯いて言うシシーにバーナビーは訝しげに訊いた。シシーはハッとして顔をあげると首を振った。

「な、なんでもございません!」

 メイド服でいつも見えていない素肌が出ていることが恥ずかしいのだろう。同年代の女性はもっと露出した服を着ているのだから大丈夫だと思ったが、次からはもう少し控えめの服にしようとバーナビーは思ったのだった。

「そうだ、髪」
「髪ですか?」
「今から使用人の仕事はオフです。なのでその髪はほどきましょう」
「え、あっ」

 バーナビーはシシーの後ろに回りこむと、三つ編みにしている質素な黒い髪ゴムをほどく。結んでいたので気付かなかったが、長い長いと思っていた髪は腰を通りこして股下まで伸びていた。しかしその姿も、今の服にとても似合っている。

「髪、結ばない方が良いじゃないですか。それじゃあ、行きましょう」
「は、はい」

 バーナビーはシシーの手を取って微笑むと上機嫌で歩き出した。




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