「ただいまかえりましたー…」

がちゃり、
なるべく音を立てないように開いたのだが、聞こえていたのかそうじゃないのか。はたまた私の声が届いたのか。どちらかはわからないが、おばさんの「おかえりー」という声が帰ってきた。玄関には征ちゃんの通学靴ももちろん揃えて並んでいた。少しばかり気まずいような気分になりながら、部屋へと荷物をおきに向かう。

「おかえり、名前」
「たっ…だいま」
「ちゃんと涼太は送ってくれたのかい?」
「なななんあなな、なんで知ってるの!」

何も聞かれないようならしらをきるつもりだった話題に、まさか彼からそういった話を振られるとは思わなかった。「なんでか知らないのかい?」と問われ、動揺を隠しきれずに目を逸らすと顎を捕まれ、そちらへと強制的に向かされた。

「い、いひゃい」
「あのバカが…お前と付き合うことになったとわざわざ報告しに来たんだ」
「ばかって…黄瀬くんが?」
「それ以上にバカなのは名前だったな。桃井達にあいつの女癖の悪さを聞いていなかったのか」
「聞いたけど…大輝くんがあいつは選り好みするからっていうし、振られるかなって思ってたし」
「想像を斜め上を行くバカどもだな」
「せ、征ちゃんひどい…」

顎を掴んでいた手が額を跳ねる。ペシッという音と共に鈍い痛みがそこに広がった。詳しくは夕食後に聞くとだけ残すと、階段を降りていった。


「先ほどの続きだが」  ――正座させられた脚がしびれを訴える。ここは彼、征ちゃん…赤司征十郎の部屋である。主はベッドの上にどっかりと座り、そんな彼の前にちょこんと座っている、そんな状況だ。ゆっくりと撫ぜた脚は感覚を失いつつある。

「名前と大輝のことを想像の斜め上をいくバカだと言った」
「うん」
「まずは、大輝が言ったことに関してだ。あれは何故か黄瀬に振られた女子達が流したデマだ」
「デマ?!」
「言葉通り、涼太は女癖が悪い。来る者拒まず…のはずだったんだが、たまに断る。そういう時は大抵が彼女の空きがない時だ」
「か、彼女の空き…」
「タイミングが物言う男だからな…そういう訳で名前は晴れて涼太の彼女になった訳だ」
「ぐ、ぐうの音も出ません…」
「いらん知恵を与えた大輝にはきつく言っておくが…、名前、お前もだぞ。鵜呑みにしすぎるのは良くないってことが身にしみてわかっただろう」
「ご尤もです…」
「全く…涼太は飽きるのも早い。せいぜい飽きられた時に傷つかないよう、予防線を張っておくことだ」
「らじゃっす」
「さ、部屋に戻ってもう寝ろ。明日も早いんだから」

征ちゃんに諭され、部屋に戻ろうとする。…戻ろうとするんだが、小一時間正座させられていたんだ。立とうと思っても脚に力がはいるはずもなく「征ちゃぁん…」と情けなく助けを求める羽目になった。私の腕を掴みながら立たせる征ちゃんは、本当にオトコのコになったな、と思う。これでも小さい頃は私のほうが力が強かったのだ、これでも。

「征ちゃん、男の子だね」
「何言ってるんだ、俺は元から男だ」
「うん、知ってる」

彼の肩に掴まりながらひょこひょこと歩いていると、昔を思い出して、ちょっとだけ寂しくも暖かくもあった。

(120712)
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