彼の温もりに酔うも、ハッとしてその体を押し返す。「もうだめ」と告げれば、くしゃっと歪んだ顔で「ちょっと調子乗り過ぎたっスね」と笑う。どうしようもない加護欲に苛まれそうになる気持ちを必死に押さえつける。必要最低限の祝いの言葉と別れの言葉を述べ、踵を返す。頬を撫ぜた風で少しでもこの赤が引けばいいのに、鼻腔に残る彼の香りがそれを許そうとない。胸の深くまで彼が根付いてしまってるのが、すごく悔しい。

考えのまとまらない頭のままベッドに雪崩れ込む。彼から初めてストレートな好意をもらえて純粋に嬉しかった気持ちもあるのだ。ただ彼のことを信じられない気持ちがそれを上回ってしまう。アキさんのことはふっきれたのかどうかだってわからない。あの日、体を重ねた時から彼女と重ねられてる気がしてならないのだ。ぐちゃぐちゃの思いをぶちまけるかのようにメールを送る相手は、案の定というか、征ちゃんだ。何をどう伝えればいいのかすら思い浮かばないから、一言だけ『誠意を見せると言われてしまった』と送る。その返事は予想以上に早くに返って来たのだが、どれだけメール画面をスクロールしても読める文字は『名前が幸せになる道を選べ』とだけ。欲しかった言葉じゃないのに、すんなり飲み込めてしまうのは征ちゃんの言葉だからなのか。

* * *

翌朝、普段通りに登校していると、途中に眩しいほどの明るい頭髪に遭遇した。なんで此処にいるのだろう、とか考えてみても現実は変わりっこない。此方に手を振る彼の笑顔は酷く見覚えがある。あれは、アキさんへ向けられていたものとソックリだ。

「おはよっス」
「おはよ…、黄瀬くん家って逆方面だよね…なんで?」

あくまで純粋な質問として、彼に問いかける。一瞬キョトンとした表情をするも、すぐに破顔して、鞄を持っていない私の空いた方の手を取る。その際にドキッと胸が鳴ってしまうのは仕方のない事だと己に言い聞かせて、彼の言葉を待つ。

「名前ちゃんと少しでも一緒に居たかったから…、って言ったら?」
「そんなの」
「嘘じゃねえよ、ほんとにちょっとでも居たかっただけ」

大して溜まっていない唾を大げさに飲み込む。きゅっと握られた手が無性に痛いのはどうしてだろう。私を振り向かせるのだと言った彼の想いがこんなにも真っ直ぐだなんて誰が想像したのだろう。絞り出した、己を納得される言葉は彼に届いたのかどうかすら怪しい。

* * *

昼休み、教室で大きな溜息を吐くことになるなんて誰が想像しただろう。もちろん、その盛大な音は近くにいた彼女たちにも届く。何となく理由を察したらしい二人は、何とも苦い表情をする。

「きーちゃん、そんなすごいの?」
「すごいっていうか…、こんなんだったっけ?って感じ」
「アタックが凄まじいというか」
「ああ…。ああ見えて黄瀬って自分から仕掛けていくことは初心者でしょ」
「そうだね。きーちゃんは告白されてばっかだったし」

紙パックのいちごミルクを飲みながら、さっちゃんが笑う。言われてみれば、彼が自らアクションを起こした人間はアキさんだけだったのかもしれない。来る者拒まず、去る者追わず。そんな彼が恋愛初心者と言われてしまうのも肯けるというか。そして、あまりにも急だった彼の変化に追い付けないのは私なのかもしれない。くすくすと笑う二人は何処か納得している風にも見えた。それはアキさんと彼が一緒にいるところを見たことないからなのかもしれない。それは、純粋に仲間の改心を喜んでいるのかもしれない。

放課後というのはあっという間にやってくる。今日は部活が休みだという彼女たちの誘いを断って、そそくさと家路を歩く。もう少し1人で考えたいのだ、彼と私との事を。いくら相談したとしても、結局は私と彼との問題。更に言ってしまえば、私の覚悟ひとつで恋人同士にだってなれる。残念ながら今はそれが喜ばしいことなのか、悲しいことなのか一切の判断がつかない。

「名前ちゃん、いたっ…」

この角を曲がって、あとは直進すれば赤司家というところで呼び止められる。その声の主は振り返らなくても分かってしまうだなんて、好きになるということがどれだけその人に溺れてしまうという事なのか、改めて分かってしまう。引き止めるように握られた手の温度だって、ふわっと香った匂いだって。全てに愛おしさを感じてしまっているのに、私は一体何に戸惑っているのだろうか。

(120916)
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