試合に来いとは言われたけども、こんなにも大事な試合だなんて聞いていなかったわけで。観客席から試合のためにアップをする選手たちを見下ろしながら小さく溜息を吐く。会場に着いて掲げられた看板に目も口も大きく開いてしまった。インターハイ予選決勝。いくら予選とはいえ、この試合に勝てなければ本戦には出場できない。つまり彼らの夏はここで潰えてしまうということだ。そんな試合を、こんな私情だらけの気持ちを抱えたまま観戦してしまってもいいのだろうか。小さく手を振ってきたさっちゃんに控えめに振り返す。選手は皆ピリピリとした空気を纏っている。思い返せば家を出て行く征ちゃんの背中は声をかけにくい雰囲気が出ていた。常勝帝光とはいえ、彼も彼らも、ひとりの人間だ。きっと今日という日も緊張で潰れそうな気持ちで迎えたのかもしれない。主将として看板を背負う彼の背中にはどれだけの責任が乗っているのだろう。

やたらと喉の渇きが気になるのは、この会場の空気に当てられたせいだろうか。手元に何か飲み物を置いておこうと席を立ち自販機置き場へと向かう。少しばかり騒がしい廊下に、これから注目の試合が始まろうとしているのがよく分かる。お目当ての飲み物を買い終え、また席に戻ろうとすれば見慣れたジャージを着た選手が数名目に入る。褐色の肌に濃い青の髪がよく映える彼と目が合ってしまえば、声をかけないわけにはいかない。

「やっほ」
「おー…、来てたのか」
「ん、まあね」

少しだけ汗ばんだ肌はキラキラと輝いている。いつもより視線が鋭いのはこれからの試合を考えているからなのだろうか。

「今日が決勝戦だったんだね」
「んだ、お前。知らずにきたのか」
「誘われるがままに」

その一言によって悟ったのか、目の前の彼は納得したような声を出す。呆れたようにも見える表情を浮かべた視線が私の手元に落ちると「ひとくち」と告げた。

「試合前にいいの?」
「いいんだよ、俺だし」

なんだそれは。何処の俺様なのか分からない台詞のあと、未開封だったキャップを開け口をつける。声を抑えながら笑った私に口元を荒々しく拭いた彼は眉尻を下げた。

「そーやって笑ってろっつーの」
「へ?」
「これから大事な試合だっつー選手の前で情けない顔されてっと、気分上がんねえだろ?」
「あっ…、ごめん」
「謝んなっての」

彼にとっての一口分だけ減ったペットボトルを返された後、一度だけ大きな背伸びを彼は歩みを場内へと進めだす。幼い頃から何となく思っていたのだが、彼は人の気持ちを表情や雰囲気から汲み取るのが上手いと思う。謝罪よりも何よりも、彼に伝えなければならないことは一つだけだ。

「頑張ってね」
「当たり前だろーが…あーっと、余計なお世話かも知らねえけどさ、試合終わったら黄瀬と話せよ」
「え、あ…うん」
「おう、じゃあ行ってくるわ」

ひらっと手を振りながら場内へと続く扉の先に彼は消えていく。予想外だ。まさか大輝くんにまで言われてしまうとは。ペットボトルを持っていない方の手で少しだけ頭を掻く。関わらないと言ってしまったくせに、結局一歩踏み寄るはいつも私ばかりで。それだけ黄瀬くんが気になって仕方ない存在だということだろうか。

兎にも角にも試合の結果はどうであれ彼と話をしなければならないのは変わらない事実。小さな深呼吸を数回繰り返し、観客席へ続く扉を開く。試合開始のブザーが鳴り響くまで、あと少し。

(120826)
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