気分転換にと誘われたのはバスケ部の試合。…果たしてこれは気分転換になるのだろうか。結局は視界の隅に黄瀬くんを捉えてしまうことになる。連れてきてくれた彼女たちにバレないように小さな溜息を溢す。気分転換とは、一体全体なんなんだろうか。スキール音が響くコートを観客席から眺めつつ考えるのは、やはり黄瀬くんのこと。結局あのあとも彼とは話す機会なんてなかった。話したいとは何度も思ったけど、それは叶うはずもない願い。肩肘をついて見下ろしていると、ひらひらと手を振る敦くんと目が合う。仕方ないので振り返してやる。すれば、彼はにこーっと笑って再びアップを始める。犬か、犬なのか。

試合はすんなり終わりを告げる。もちろん我が校の圧勝である。噂には聞いていたが、友達ちゃんの従兄弟くんはチートだとおもう。全コートシュートレンチって。お前が持った瞬間にボールは磁石にでもなったのかってレベルで外れないって。チートといえば大輝くんも然りだ。とんでも無い格好でシュートを打っていたのだが、彼は正気なんだろうか。紫原くんも、あの子のブロックって壁でしょ。比喩とかそういうんじゃなくて、マジもんの。黒子くんは、なんていうか居たのかすらわからなかった。征ちゃん曰く、ミスなんちゃらかんちゃら…らしい。横文字は難しい。とか何とか宣っているが、結局視線は彼の方を一定時間見つめることが多かった。この前見た笑顔とは違う、純粋にバスケを楽しむ姿に本来の彼を見た気がした。優越感に浸りたい気もあるが、その他大勢の中から一歩抜けだしただけで、本当に追い抜きたい影には遠く及ばない。そんな現実に襲われる感覚がして、頭を振っていらぬ考えを放り出す。

誘ってくれた二人に挨拶だけ告げて体育館を後にしようとする。廊下に響き渡るのはコツコツという私のヒールが奏でる音のみ。先ほどまで熱気に包まれていた空間が同じ場所にあるとは思えないほど静かだ。日が傾いてオレンジ色に染まりだしている。なんだか初めて黄瀬くんに告白した時と同じような色で、思い出し笑いを溢してしまう。あの頃は何も知らなかったな。…知らないほうが良かったことばかりなのだろうか、なんて。

「来てたんスね」

キュッというスキーム音の後、長い影を伸ばす人影にドキッと心臓が跳ねる。あの時と同じで、髪の毛はキラキラと輝いていて、少し眩しい。いやに細められた瞳は此方を掴んで離さない。…違う、私が逃げないだけだ。

「気分転換にさっちゃん達に誘われたから」
「俺がいるのに?」
「ね、ほんとそれだよ」
「のこのこと来ちゃうあたり、名前ちゃんらしいッスよ」

先ほどとは違う意味で細められる瞳。呆れたような笑いは溜息と一緒に落とされる。別に何も考えずに来たわけではない。彼女たちなりの気遣いを無碍にしたくなかっただけだ。それに、私らしいって…バカにしているんだろうか。むっとする感情を抑えて、彼に何の用なのかと尋ねれば、キョトンとした顔で質問を返されてしまう。

「何の用って…それは俺の台詞でしょ?俺に何の用があって、こんなとこ来ちゃったんスか。あ、もしかして、この前の言葉気にしてる?あれなら俺も忘れるから、名前ちゃんも忘れてよ。…じゃないなら、俺にまだ気があるとか?」

下唇を噛み締めるよりも先に手が出る方が早かったようだ。パシッと乾いた音がした時には、右手にじんわりとした痺れが広がる。目の前の彼は左頬を抑えて、目を見開いていた。やってしまったんだな、なんて思った時には堰を切ったように口から彼への非難の言葉が流れてくる。こんな男を好きになった自分が情けない。こんな男に身体を許した自分が恥ずかしい。こんな男をまだ忘れられないのが、腹立たしくてしょうが無い。

「ってぇんだけど…」
「バッカじゃないの!いつまでもアンタのことばっかり考えてる暇ないの!そんなんだからサエちゃんもアキさんも離れてくんだよ!」
「は?アンタに何がわかんだよ」
「分からないし、分かりたくもないけど…、アンタがしょうもない男だって、これだけはわかるよ」
「…」
「…もう、関わらないようにするから、ごめん」

感情のままに行動してもいい事なんて1つもない。必死に隠しながらも繋ぎとめようとした彼との繋がりを自ら切断してしまった。先程よりも大きく響かせて歩く脚でしゃくり上げそうになる声を誤魔化す。けれども、もしかすると、これでよかったのかもしれない。いっその事、彼のことを全部消してしまえば新しい一歩なんて簡単に踏み出せる気がする。今まで視界を狭めていたのは、他ではない自分なのだから。彼の頬を叩いた瞬間に『黄瀬涼太』という呪縛から解かれたのかもしれない。なんて都合が良すぎる考えだろうか。

(120818)
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