オニオングラタンスープと言われても、黄瀬くんの部屋の冷蔵庫にはそれに使えるような材料が見当たらないわけで。空っぽの冷蔵庫とご対面して溜息を吐けば「…買い物行こっか」と苦笑いを含んだ声が聞こえた。勿論それに首を縦に振ったのは言うまでもなくて。

きんきんに冷やされた空気が少しだけ痛いスーパーの生鮮食品売場に二人並んで歩く。適当な食材を見つけては乱雑にかごに入れる彼を咎めつつ、お目当ての物を手にとっていく。彼の部屋に戻ったのならばひたすらレシピとにらめっこすることになるのは目に見えているのだが、見栄張って「作れるよ!」なんて言ってしまった手前、後には引けない。他にも彼の食料になりえそうなものもかごに入れ、レジに向かう。レジ待ちをしている中、アルコール売場周辺でどこか見たことのある人影が目に入った。勘違いかと思い、再度確認してもそれは変わることはない。

「ね、黄瀬くん」
「黙って」
「でもあれって、アキさんと…」
「お願い、黙ってて?」

泣きそうな笑顔を見せられてしまえば、開きかけた口を閉じざるを得ない。彼の反応を見るに、見間違いでは無さそうだ。あの人は狡い人なんだな。黄瀬くんの心をこんなにも掴んで離さないのに、自分は他の男性と寄り添っちゃうなんて。

部屋に帰れば何事もなかったかの様に取り繕う彼を倣って、同じように笑って過ごす。携帯はレシピサイトを常に表示しており、その順序をなぞりながら調理していく。オニオングラタンスープとオムライス、でいっか。玉ねぎを薄くスライスしていれば、いつの間にか近くに来ていた黄瀬くんは涙目になっている。

「泣かないんスか」
「こういうのは慣れるもんだよ」
「…そっ」

それが玉ねぎを指していたのか、先ほどの光景を指していたのかは検討がつかない。けれども、ぽろぽろと雫を落とす彼にそんな事聞くなんて野暮なことだ。切り終えた玉ねぎとバターを炒めだせば、辺りは一転していい香りに包まれだす。手際よく、とろとろになるまで。炒めだした腕を邪魔しないように、背後から彼の腕が回ってくる。叫び声を上げたいくらい吃驚したのだが、平然を装いながら作業を続ける。

「どうしたの?」
「何でもない」
「今だけだからね」
「…ケチっスね」
「お約束ですから」

肩口に顎を乗せながらしゃべるので、くすぐったいと訴えれば耳元にふっと息をかけられる。今この瞬間だけを切り抜いたら、ただの仲の良いカップルなのに。私だけが傷ついている恋だと思っていた。でも、それは勘違いだった。互いに傷を舐め合う恋愛を彼はいつから続けていたのだろうか。あんなにも温かい笑みを浮かべていたのに、届かない恋だったななんて。玉ねぎには耐性がついててもね、こういうのにはまだついてないよ。チリっと摘まれたような痛みが目の奥に走ったのを気にしない振りして、また作業を続けた。

(120810)
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