両手いっぱいの買い物袋を持って校門をくぐる。すれ違ったクラスメイトに体調はもういいのかと聞かれ、ズル休みでしたー!なんて事は言えず。適当な愛想笑いでその場をくぐり抜ける。先週も来た道を辿れば、そこはほら、バスケ部の聖地だ。相変わらず熱気で溢れた其処は私には場違いなものだ。マネージャーらしき女の子に声を掛け、征ちゃんを待つ。鎖骨辺りを汗が伝った頃「待たせたね」といつもの声が響いた。

「はい、おつかい分だよ」
「助かったよ、ありがとう」
「いえいえ」
「…涼太なら、今外周を」
「え?」

定まらない視線が誰を探していたのか、彼にはお見通しだったらしい。苦笑いを浮かべた征ちゃんが髪の毛をクシャッと撫ぜた。あ、この癖は困ったときの反応だ。こういう時に小さい頃から一緒だと困るね、ちょっとだけ。私がどんな行動を起こそうとしているのか、きっと彼は見当がついていて。止めたい気持ちだってあるのに、止めないでいてくれて。なんだかんだでお兄ちゃん気質な征ちゃんが好きだ。なんてったって私の初恋の相手。だいたい幼馴染が頭も良くて、運動もできて、さらにイケメンだなんて。どこの少女漫画ですかっての。同じ少女漫画ならママレード・ボーイみたいな展開を所望する。関係のないことばかりが立ち並ぶ思考回路を断ち切ったのは、午前中に傷心見舞いに来てくれたサエちゃんだ。「来てたんですね」と声を掛けてきた彼女に「もう逃げないよ」と返せば、全てを悟ったような笑みをくれた。私と彼女、これからは正々堂々とライバルなのだ。

結局は征ちゃんの手中のうち。外周に出ていったという彼の姿も見れないまま帰る羽目になりそうだったときに「母さんから買い物を頼まれてるから一緒に行こう」だなんて適当な口実で私を残そうと四苦八苦。いや、苦ではないか。征ちゃんの協力のお陰で、部活終了時刻までは難なく過ごせたのだ…そんな努力を嘲笑うかのように彼は華麗に私を避けているようだ。こうなりゃ強硬手段ってやつです。そっと門で待ちぶせて、彼をとっ捕まえて話をすることにした。そして今は校門にそっと寄りかかって彼を待つ。夕暮れ時だというのに肌に纏わり付く空気は熱を帯びている。沢山の部活動生が校門を出ていく様を見て考えるのは、やはり避けられているという事。もしかしたら、もう裏門から出ていってたりして。結局は無駄な努力だったのだろうか。

「マジで待ってんスか」

はあっと長い溜息が聞こえた方を向けば、黄色い頭を抱えた長身。待ち焦がれていた相手は、あの日と同じように夕焼けで輝きを増している。マジで待ってましたとも、伝えたいことがあるんですから。

「待っててゴメン。でも、どうしても伝えたくって」
「まあ、いいッスけど」

歩きながら話は聞く。そういうと彼は私の前を歩み出した。少しだけ慌てて彼の影を追うように、私もまた歩み出す。

「で、話って?」
「あ、うん…あのさ、もう一回だけチャンス下さい」
「チャンス?」
「えーっと…チャンスっていうか、その、もっかいだけ付き合って欲しいっていうか、昨日の今日だっていうのはわかってるんだけど」
「…自分が何言ってるのかわかってるんスか?」

引いたような笑みを浮かべてるんだろうか。逆光であまり表情は読み取れないのだが、そういった空気が伝わってきた。何をしたいのか分からなかったら、今頃此処にはいないんだけどな。真剣な眼差しで彼を見つめれば、ふいっと目を逸らされてしまう。

「名前ちゃんって、バカでしょ」
「…よく言われます」
「俺もそう思う、ほんと」
「でも、自分の気持ちに嘘つきたくないから。3番目でも、何番目でも甘んじて受け入れるよ」
「……、あっそ」

ぐいーっと背伸びをして「じゃあ、もっかい始めますか」と彼は笑う。案外すんなり受け入れられたことに戸惑いを隠せないといってしまえば隠せない。けれども、それ以上に喜びのほうが大きいだなんて馬鹿げてるだろうか。また自ら底なし沼に足を踏み入れる。彼の心は光の届かない深海より深いところにあるのかもしれない。征ちゃんは勿論、さっちゃんや友達ちゃん達にだってなんて言われるかわからない。帰ってからなんと説明しようか、と考えていたら近づいてくる影。ふわり香る彼の醸す爽やかなシトラスの匂い。

「ちょ、ちょっと待って!」
「え?」
「ごめん、あの、付き合いたいんだけど…キスとかはちょっと」
「…なんで?」

彼女、サエちゃんから活を入れられ、また踏み出すことを決めた。まではいいのだが、如何せんこういう体が触れ合う行為には抵抗がある。彼の赤みがかった唇にだって、すらっとしたつめ先にだって、彼女達が根付いている。そう考えると、あまり釈然としないというか。問われたことに苦笑いを浮かべれば、ピンときたらしい彼は「可愛い嫉妬っスね」と一言。可愛い嫉妬ってなんだ、可愛いって。

「じゃあ、またよろしくっス」
「うん、よろしく」
「なんか変な感じっスね」
「ある意味、元鞘ってやつだからね」
「うっわ、俺、そういうの初めて」
「じゃあ私が黄瀬くんの初めて奪っちゃったね」

いつも奪われてばかりだったから嬉しくて笑みを溢せば、ぺしっと頭を叩かれてしまう。そんなにだらしない顔をしてしまっていたのだろうか。彼の方を見やれば、なんとも形容しがたい表情を浮かべていて、此方が反応に困ってしまう。「変な顔」とだけ告げれば「モデルに変とは失礼な」と。あ、元の表情に戻った。とはいえ、あの時に見た彼の暖かな表情とは程遠い。私にだけ向けて欲しいとは思わないけど、またあの顔が見たい。そう遠くない未来で。

(120808)
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -