from :黄瀬涼太
title:(no title)
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明日10時、駅前で
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唐突にきたメールに目がチカチカする。もちろん脳内もチカチカ。彼は先週、私に何をやらかしたのか覚えているのだろうか。自分で確認しろと言われ、彼が帰った後に洗面台にダッシュすると、そこにはまあ…所謂キスマーク。虫刺されだと言うには赤すぎるそれに頭を抱えてしまったのは言うまでもなく。色あせるまでは必死に絆創膏で隠し過ごして。たまに学校で彼とすれ違ったときに、絆創膏を見てニヤリと笑った顔が、それはものすごく腹立たしかった。征ちゃんやさっちゃん、友達ちゃんに隠し通すのにだって必死だった。きっと征ちゃんは気づいていたんじゃないのか、とも思う。とはいえ、問題はこのメール。有無も言わさぬ文面にイラッとしてしまった。

* * *

「遅いー」
「…時間通りです」

翌日10時ごろ、結局私の足は駅前に向かう。壁に寄りかかりながら時計を見る彼が絵になること。そっと駆け寄った私は彼女に見えたのだろうか。出会い頭にこの前のことを咎めてやりたい気持ちもあるのだが、我慢我慢。歩き出して、今日は水族館に向かうという事を聞かされた。なにもかもが突発的だと実感させられる。そこへ向かう前にカフェに立ち寄ろうと提案すると、腹ごしらえにもいいかもなんて事で、彼おすすめのカフェに入る。こじんまりとしているのに、内装も外装もおしゃれな空気が漂うそこは都会の喧騒を忘れさせられる空間だと思う。おしゃれなメニューを眺めていると「涼太くん」なんて声。視線を声がした方に向ければ、綺麗なウェイトレスさんの姿が。

「アキさん…今日シフト入ってたんスね」
「うん。急遽だけど…あ、この前の?」
「そっス」

あ、見たことない笑顔だ。こんな時に限って正常に働く女の勘ってのはやっかいだと思う。きっとこの人はもう一人の黄瀬くんの彼女だ。そして、彼女が本当の本命だ。サエちゃんとは違う「余裕」が見え隠れしている。それに目の前の彼の笑顔。彼女が好きだと言っているような顔にそっと睫毛を伏せる。楽しげな二人の会話と、注文のやりとり。「名前ちゃんは何にする?」突然振られた話題に、驚いた表情を押さえつけながら「カフェモカ」と伝える。頼まれたメニューを繰り返し確認した後に、アキさんと呼ばれた彼女はテーブルを離れていく。

「…彼女さん?」
「まあ、そういうとこ。ってか、名前ちゃんもでしょ?」
「それはそうなんだけど…、うん」

テーブルに置かれ、放置され汗をかいたお冷を喉に下す。そういうことじゃないんだけど。なんて思ってみても仕方ない。彼自身隠そうとしている。それにこれから二人で、いわゆるデートってやつなのに。こんなところで駄々こねてしまっても仕方ないというか。次にテーブルにやってきたのは別の人で、注文したドリンクを置くとそそくさと帰って行ってしまう。まあ、これが普通の反応かな。出されたカフェモカをぐるぐるかき混ぜれば、白と黒のコントラストが混じって淡く染まる。それはまるで、私の心にも似ていた。

「ごちそうさまでした」
「バイト、がんばってね」
「ありがとう…って涼太くんもデートでしょ。えっと…名前ちゃんでいいのかな?大変でしょ、涼太くんのカノジョ」
「えと…まあ、それなりに?」
「えー、そんなこと言っちゃう?」
「素直ってことじゃない。ほら、いったいった。また来てね」
「どーも、また今度ね」

帰りがけに声をかけられる。そこでも垣間見えた大人の余裕にチクリ。歩きながら攫われた右手から、醜い思いが伝わらないように蓋をする。サマーシトラスのような彼の香りだって、好きになってしまった要因の一つだ。一目惚れってやつも困ったもんだ。

* * *

階段をのぼる時のエスコートの仕方とか、さりげない気遣いとか。今までがいままでだったし、まともなデートっぽいことも今回が初めてで。きゅんっと胸を打たれることも致し方無いというか。このままではどんどん黄瀬くんに心奪われていく気がした。というか、もうしてるんだけども。頭の片隅には征ちゃんの「本気になるな」って言葉がリフレインしてるのに、その声もどんどん小さくなっていく。3番目でもいいかみたいな、甘い考えが胸を締め付けて苦しい。水族館自体はすごく楽しいものだったのに、帰りがけになればなるほど足取りは重くなっていく。二人の影だけが揺れる帰り道、黄瀬くんに買ってもらったばかりのストラップが付けられた携帯はなんとなくむず痒い。

「結局それ気に入ってるんじゃん」
「イルカ、可愛かったから」
「俺に買ってもらったから、っスよね?」
「黄瀬くんって自意識過剰って言われるでしょ?」

そう問えば「そうじゃなきゃモデルなんてやってらんないっスよ」と。へらっと笑う顔はとても綺麗。なのに、あの彼女の前とは違う顔。私が見たいのはそんな顔じゃないよ、なんて思ったって伝わらない。今でも繋がれている片手が離れるまで、あと少し。あの角を曲がってしまえば、ほら、我が家が見えてきた。

「今日は楽しかったっスね」
「うん」
「じゃー、また今度誘うっス」
「あの、黄瀬くん」
「はい」
「やっぱり…好きです」
「知ってる」
「そうじゃなくて、」
「…あー、ごめん。もし名前ちゃんが言いたい事が俺の思ってることで合ってるなら、そういうの重いんスよね」

困った顔をして告げられた「重い」という言葉に現実を見る。続けられていく「もっと軽い気持ちじゃないと〜」とか「私が本命じゃなきゃみたいなのは〜」とか、そんなものは右から左へ流れていくだけ。何度も自分で言っていたじゃないか。黄瀬くんはオンナノコになら、誰にでもああいうことができるんだと。勘違いしてしまった自分が恥ずかしくて、俯向く。

「あーっと…、こういうの言うんなら最初から付き合うなんて言うなって思うかもっスけど、俺に名前ちゃんは勿体無いっスよ」
「…どういうこと?」
「俺みたいなちゃらんぽらんにハマっちゃダメってことっス。これでもそれなりに名前ちゃんのこと好きだから言ってるんスけど」
「つまり、別れようってこと?」
「そう。お試し期間みたいなもんだったじゃん?俺らって」
「そ、だね」
「もうちょっと早めに言うつもりだったんスけど」
「うん」

これは、ただフラれるよりもキツいかもしれない。それじゃあと帰っていく彼の背中が小さく消えるまで、玄関の前で突っ立っていた。初めてのデートでまさかの別れ話って。そのきっかけを作ってしまったのは私なんだけれども。完全に彼の姿が見えなくなった時に、堰を切ったように流れだした涙。あんなサイテー野郎でも結局は好きだったんだな。ひーひーと嗚咽をあげて泣けば、家の中にいたらしい征ちゃんが玄関を開け、部屋に連れてってくれた。「だから、本気になるなと言ったんだ」頭を撫でながら言われた一言だって、自分に何度も言い聞かせてたのに。もしかしたら征ちゃんはこうなることがわかってたのかもしれない。さっちゃんも友達ちゃんも、みんなみーんな。差し出された冷たいタオルを当てた瞼がじんじんと痛む。それでも心のほうが痛いだなんて、笑っちゃうな。

(120804)
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