異性に侮辱されるより、同性に侮辱される方が何十倍も悔しいと思う。現に私はめちゃくちゃ悔しい。別に可愛いだとか綺麗だとか、自負できるほどじゃないと思うが、あんな嘲笑われてしまうような容姿ではない、はず。あまりにイライラしていたので、敦くんにちょっと当たるようなメールを送ってしまったのだが『名前ちん、怒ってる?元気出して〜(´;ω;`)』というメールが来て癒されたので、これはこれでよしとする。この際、なぜ部活中なのに彼からすぐに返信が来たのか云々には触れないでおきたい。

さて、黄瀬くんに大人しく待っていろと言われた私ですが、現在通学路を歩いております。というのも、征ちゃんにお弁当を届けに向かった間でおばさんが出掛けてしまったのだ。もちろん赤司家の鍵など持っていないので、仕方なく逆戻りして征ちゃんに鍵をもらうことにしたのだ。平日だって何往復もしない道をまた1人で歩いているという虚しさが襲う。なんだかむしゃくしゃするので征ちゃんにアイス代でも頂こうと思う。ああ、初夏の日差しは肌によろしくないな。

* * *

『またこいつ来たよ』なんて視線を受けつつ、再度体育館を目指す。お昼休憩なんだろうか。この暑さの中、外でお昼を取る生徒は少なく、校庭も人がまばらにしか見受けられない。後少しで体育館という時に、見慣れてしまった明るい頭。わりかし静かな空間だからか、こそこそとした声まで聞こえてくる。そんな彼を少しばかり気になって、そちらを覗いたことに後悔するまで、残り5秒。

『ねえ、涼太先輩。サエのこと好き?』
『まあね』
『ちゃんと言葉にしてよ』
『…態度じゃ、駄目っすか?』

好きを態度で示すってどういうことよ。そんなことを考えた時には、彼らの影は重なっていた。時折、本命さんが漏らす甘い声に目を丸くする。そういえばカレカノ同士なら日常茶飯事なんだっけ、ベロチューとか。この場に居てはいけない気がして、体育館の入口まで猛ダッシュする。予想以上に傷ついてる自分がいて笑えてきた。一目惚れとはいえ、なんだかんだでちゃんと黄瀬くんが好きだったのかもしれない。きゅっと締め付けられた胸が痛くて、鼻の奥がツンとする。

「あ、赤司くん、いますか…!」
「あれ、名前ちんおかえり〜」
「ただいま、じゃなくて」
「赤ちーん、名前ちん来たよ〜」

入り口に寄り掛かりながら息を整える。体育館に立ち込めたお弁当の香りに小さくお腹が鳴った。意外にも敦くんの耳には届いたようだ。「おなかへった?」と聞かれて首を縦に振れば、彼の食べかけのまいう棒を口にねじ込まれる。あ、これって間接キスだ。

「名前ちん、俺と間接キスだねー」
「あ、う、うん」
「こら、敦。名前をからかうんじゃない」

ペシッという音と共に姿を表したのは紛れもない征ちゃんで。敦くんより小さいはずなのに、なんだか大きく見える彼に言葉に出来ない安心感を覚える。ぱたぱたと音がしたと思えば、そこにはさっちゃんと友達ちゃんの姿。どうしたのーとか、なにかあったのーとか。何気ない温かい言葉にただでさえ弱っていた涙腺が刺激される。無意識のうちに零れ出た涙に目の前の彼らは目を大きくして、あたふた。なにか、なにか言葉を発さないと。そして、いつも困ったときに手を差し伸べてくれるのは決まって彼だ。

「なんだ、名前。そんなに家に入れなかったのが悲しかったのか」
「…そうなんだよ、赤司くん。君の家から閉めだされたんだから、早く鍵ちょーだい」

すぐに取ってくる。そう言い残して助け舟はここを離れていった。敦くんはきっとわからないんだろう。寂しかったねーなんて言って私の頭を撫ぜているのに。目の前の友人二人は何かを察したような、そんな困った様な表情を浮かべている。何もない、安心して。口パクで伝え微笑むと、怪訝そうに頷く彼女たち。今度、ちゃんと話すから。

「ほら、鍵だ。帰ったら家のキーケースに入れててくれたら良いから」
「ありがとう。そしたら今度こそ帰るね」

ひらひらと手を振り体育館を後にする。あ、また彼処周辺を通らなければならないのか。嫌だな、きっと彼らはまだいるんだろうな。一歩一歩近づく度に重くなる足取り。一歩踏み出す度に刺激されていく涙腺。下唇を噛んで涙を堪えながら、私はまだ彼のことを心底好きではない、と言い聞かせる。一目惚れして、ほぼ上辺だけのお付き合いして。他人とキスするとこ見て勝手に傷ついて。なんて馬鹿らしいんだろう。最初から他に彼女がいるとわかっていたじゃないか。それでもいいと首を縦に振ったのは己じゃないか。幼馴染が気を付けろと忠告までしてくれたじゃないか。深く考えれば考えるほど自分が情けなくなってくる。今日1日で『黄瀬涼太』という人間の様々な一面を感じ取ってしまった気がする。なんだか、疲れちゃったなあ。

(120728)
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