視線と視線が交じり合う。そうです、私と彼は見つめ合ってるのです。このフレーズだけなら、さぞや甘い雰囲気なのだろうが…私と黄瀬くんの場合は違う。彼から飛んでくる光線ばりの視線に別の意味で身を焦がしそうだ。しかし、ふっと冷たい目をした後に征ちゃんに声をかけ、体育館から出ていってしまった。これは残念な状況ではない。そう確信した私は、そそくさと靴を脱ぎ、駆け足で征ちゃんに駆け寄る。この際うしろからドタドタと音を立てて付いて来る敦くんはスルーの方向だ。

「せ、…じゃなくて、赤司くん!」
「うん、ありがとう名前」
「何も言ってないけど、察してくれてありがとう!じゃあ帰る」
「えー」

踵を返そうとした体にズンッと重みが乗る。もちろん、その原因も察しが付く。すぐ近くで香る爽やかなメロン風味の香りはついさっき私が餌付けしたものだ。首元に回された腕にぐっと力が込められたとき、喉からひゅっと音がした。

「名前ちん帰るのー?もう少しいてくんねえのー?」
「おや、敦は名前のことが気に入ったのかい?」
「うん。俺、今日帰りに名前ちんとクレープ食って帰る約束したし」
「しっ、てない…」
「む、むっくん!名前落ちちゃうから!離して!」

さっちゃんの必死の訴えにより開放された気管で、思い切り酸素を吸う。ああ、生きてるって素晴らしい。その間も敦くんのお気に入りとなってしまったらしい私は、その手を掴まれているのだが。こめかみに伝った汗を空いてる手で拭った時に、ブブブ…とポシェットから受信を知らせるバイブレーション。急いで取り出し、確認すると、受信者欄には『黄瀬涼太』の文字。嫌な予感しかしないのだが、本文を読むためにスクロール。

『なんで来てるんスか』
『不可抗力です(∩゚д゚)アーアー』
『ぶざけてんの?』
『ぶざけてない。おばさんに頼まれたんです。仕方ないじゃん!』

眉間にしわ寄せながらメールする私を構ってくれない人間と思ったのだろうか。先ほど嗅いだような甘い匂いがするなあ、なんて思っていたら、開放されたはずの首元に大きくて長い腕がまた絡みついている。季節は暦の上では夏である。腕が回された場所からむしむしと熱気がこもっている気がする。

「名前ちん、黄瀬ちんとメールしてるの?」
「え?あ、うん…まあ」
「じゃあ俺ともしよー」
「いや、それは」
「しねえの?」
「する、させてください」

ブブブ…
『彼氏の前で堂々と浮気っスか』

目の前の文面を確認したと同時に擡げた頭を勢い良く上げる。上手い具合によけてくれたので、敦くんと痛みをわかちあうイベントはないのだが…いらぬイベントが幕開けそうだ。キョロキョロと視線を泳がせれば、明るい頭と視線がまたかち合った。あいつはあんな所からメールを送ってきているのか。そちらを軽く睨めば、追伸のように送られてくる次のメール。

『部活終わるの早いみたいなんで、家で大人しく待ってて』

意味深な言葉に疑問符が大量に頭を飛び回ったのだが、更に体重をかけてきた敦くんによって現実に引き戻される。今日はもう帰るということを再度伝えると、お菓子を買ったレシートだと思われる裏紙に見慣れない英字の羅列を書いて渡される。

「はい、これ、俺のアドレスー。帰りながらメールしてねー」
「う、うん…できるだけ、がんばる」
「できるだけー?」
「喜んで!」

さっちゃんと友達ちゃんとも少しだけ言葉を交わした後、征ちゃんに「寄り道するなよ」と子供扱いされる。むっとしつつもお礼を伝えると、微笑まれてしまってバツが悪い。せかせかと靴を履き、出入口まで見送りに来てくれた敦くんに手を振り体育館を出る。そういえば、バスケ部には黄瀬くんの彼女がいるんだったっけ。なおさら良くないよな。そう考えつつ、足早に校庭を横切ろうとしていると「すみません」と鈴がなるような声で呼び止められた。

「わたし…?」
「はい。名字先輩、ですよね」
「そうだけど…」

見た目は…そうだな、読者モデルにいそうな可愛らしい顔立ちだ。さらにスタイルもいいと来た。出るとこ出てて、へこむところはへこんでいる。久しぶりにあった征ちゃんに「成長していない(主に胸が)」と言われてしまった私とは大違いである。しかも先輩と呼ばれているということは、年下なのだ。さ、最近の若い子は成長が早いな…なんて現実逃避しなくちゃやってられない。

「あたし、安城川サエって言います。先輩も涼太先輩に告白されて、お付き合いしてるんですよね?」
「あ、うん…えっ、も…?」
「その、オーケーされたからって彼女面しないでくださいね。涼太先輩の本命はサエなんですから」
「へ?」
「涼太先輩にお願いされてるから大目にみてるんですけど、できたら近づかないでくれますか?って先輩、言うほど可愛くないしー…まあ、いちお?覚えといて貰えます?」
「あ、…はい」
「それだけです。じゃあ、お気をつけて」

にっこり微笑まれたのだが、これはいわゆる宣戦布告というやつなのだろうか。帰り道、もんもんと考えながら歩く。つまり、黄瀬くんがバスケ部に来てほしくなかったのはサエちゃんが本命で、その本命ちゃんにいらぬ心配をかけたくなかったから…ってことなんだろうか。たしかに可愛かったし、私にはないものをいっぱい持っているような子だったが。如何せん、私も聖人ではないので、それなりに屁理屈だって駄々だってこねる。いくら本命からお願いされたからって、黄瀬くんから言われたわけではない。それに目の前で侮辱とも取れることを言われたのだ。可愛いからってなんでも許されると思うなよ。あんなお願いなんて反故だ、コノヤロウ!と、思い切り蹴りとばした小石が予想の何倍も転がらす、数歩手前で止まったのを見て、さらに虚しくなったのはここだけの話しである。

(120725)
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