せっかく彼女だけを誘うつもりだったのに、余計なものまでくっついてきてしまった。…今更ごちゃごちゃと文句を言っても始まらないってことはよくわかっている。隣で楽しげに地図を広げる彼女を見れば、その他なんてただの背景そのものだ。

「さっきはこれに乗ったから、次はここが近いかな」
「これならスタッフの方たちが今の時間は割りと空いてるって行ってましたよ」
「ほんとに?じゃあ、これに決まりだね」

言葉にするなら、ニコニコと。それはそれは嬉しそうに微笑む彼女を見れただけで、今日のことを企画して正解だったと思える。桃井さんの前でしか見れないだろうと思っていた表情と近いそれは、見ているだけで幸せになれる。…後ろから刺さる視線がなければ、本当に最高なのに。先程から聞こえる桃井さんの一方通行な会話から、彼の機嫌がさほどよろしくない事がわかる。だからといって、どうかするのかと言われればどうもしないのだが。「あ、そうだ」何かを思い出したような彼女の呟きに反応する暇もなく、後ろを振り返った彼女は桃井さんに話しかける

「さってと、さつき。そろそろあっち行こうよ」
「あっち?」
「うん、お花摘みに」
「お花、ですか」

そうそうー、なんて上機嫌に答える○さんに、ちょっぴり苦笑い。今時そんな言葉を使う子がいるなんて思いもしなかった。というか、ジェネレーションギャップすら感じる常用句である。二人して花を散らしながらお手洗いに向かう姿を見つめつつ、眉間に力の籠ったイケメンに話しかける。

「行っちゃいましたね」
「え、あ、そ〜っスね」
「…今日は来てくれてありがとうございます」

人は思ってもいないことを口にすると、予想以上に刺々しい態度になるらしい。彼が断ってくれていれば、今頃は彼女と2人だったのかもしれにというのに。「こっちこそ誘ってもらえてありがたいっスよ」なんて笑顔で言われてしまっては、こっちが悪者のような気分になるじゃないか。実際、下心しかない下衆だと言われても仕方ないのだが。もしかして、彼は彼女のことが好きだからついてきなのだろうか。とすれば、今日の痛すぎる視線の意味もわかるというか。根拠のない考えばかりぐるぐると脳を支配し始めた時、それらはぽろっと口からこぼれていた。

「黄瀬くんは、○さんのことが好きなんですか?」
「…どうしてっスか?」
「聞いてるのはこっちです」
「まあ…どちらかっつーと、好き、っスね」

彼の口から繰り出された『好き』という単語に過剰反応してしまう。その言葉に特質した意味を持たないことなんて容易に想像できるというのに。大人気ないなんてそんなレベルではない。少しだけ空気を変えるように「好きな人はいないんですか」と問う。おちゃらけたように返され、真剣なんだと伝えれば、うまく言葉に出来ない様な表情で「いる」と答える彼がいて。

「すんげぇ大事にしたい人」

発された言葉そのものにも、彼自身にも。全てでその人が大切なんだということが伝わってきて、負けたような気分になる。他人を想うことに勝ち負けも優劣もないことはわかっちゃいるんだけども。小さく納得の句を発し、お手洗いの方を向いていると…走り去る人影。見間違いじゃなければ「○さん!」って、えっ…――

走り去った彼女の後を追ってってしまった彼は、本当に彼女のことが好きじゃないのだろうか。煮え切らない気持ちを抑え、表現しがたい顔をした桃井さんに話しかける。

「テツくん…ふふっ、どうしよう。○の好きな人って私なんだって」

なんだそれ、冗談じゃない、馬鹿らしい。こんな落ちは有りなんだろうか。いいや、なしだろう。現状がうまく飲み込めない中、どうにか理解できたことは『彼女と彼はここにはいない』という事だけだ。


 side:K

(120718)
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