こうなるだろうと予測はできた状況に頭が痛い。隣から香るフローラルは女性特有のもので、男という生き物を刺激するにはぴったりなのだろう。現にすれ違う男性は彼女を二度見した後に、こちらと目が合い気まずそうに目を逸らす。彼女とはそんな関係じゃないし、勘弁願いたい誤解だ。自身としてはこんな女性的すぎるような香りよりも、もっと清潔感漂うものが…― 

「きーちゃん、楽しくないの?」
「え?いんや、別に。楽しいっスよ」
「それなら良かった」

次はあれに乗ろう。あっちも楽しそうだ。さりげないボディタッチを含む彼女のリードは、実に素晴らしいというか。こういう所はに習うべきだろう。俺も、あいつも。前を歩く2人組はどことなく楽しげで、柔らかな空気を醸している。近過ぎないかとか、傍から見たらあっちこそ恋人同士じゃないのかとか。どんどん泥沼化する思考はなかなか止まらない。そもそも乗り気ではなかったし、向こうがどうにかするといったので乗ったようなもので。このどうにも出来てない状況に頭痛がひどくなっていくような気がした。まあ、そんな俺を救い出すのももちろんあいつで。

「さってと、さつき。そろそろあっち行こうよ」
「あっち?」
「うん、お花摘みに」
「お花、ですか」
「そうそうー」

今時そんな常用句使うやつなんていねぇよ。ぼそりツッコむも、彼女たちに届くはずもなく。隣に来て欲しくてたまらなかった彼が「行っちゃいましたね」と呟いた時、今がふたりきりだと気づかせた。確かにお手洗いになんて同性としか行かないだろうし、ましてや女子。所謂『連れション』だなんて十八番なんだろう。そんなことより、この状況をどう楽しもうか。行き交う人が見るだけなら、彼女たちを待ってる彼氏くん達なんだろうけど…個々の心境は全く違うものなのだから。私服、デート、二人きり。心躍る単語に高揚する気持ちが隠せず、左手は行き場なさげにふらふらり。

「今日は来てくれてありがとございます」
「いや、こっちこそ誘ってもらえてありがたいっスよ」
「そのお礼なら○さんにどうぞ」

言葉の節々に棘を感じるのは、たぶん気のせいじゃない。この前の○っちの話的には、彼は彼女と二人で来たがっていたのだ。彼女の咄嗟の機転には感謝したい反面、想い人からこんな仕打ちを受けるのは辛すぎる。かち合わない矢印ってのは困ったもんだ。人知れず小さくついた溜息はテーマパーク内の喧騒に溶けて消える。

「黄瀬くんは、○さんのことが好きなんですか?」
「…どうしてっスか?」
「聞いてるのはこっちです」
「まあ…どっちかっつーと、好き、っスね」

芋づる式に出てきそうになった「人間的には」という言葉を飲み込む。ヘタなこと言うと彼を刺激するんだろうと思ってたのだが、多少の好意もあまり歓迎されたものではないようだ。向けられた視線は酷く冷たく、心臓を射抜く。嫌いだとか恋愛的に好きだとか言ってたら、どうなっていたんだろうか。 …やめだやめだ、考えるだけ虚しい。

「好きな人はいないんですか」
「えー、こんなときに聞いちゃうんスかー?」
「こんなときだからこそ、です」
「いるっすよ、すんげぇ大事にしたい人」

はにかみながら伝える言葉も彼には届かない。その大事にしたい人ってのは目の前の君だと叫びたいのに。伝えたところで幸せな未来は待っていないけど、伝えないことで苦しい思いをするのも事実。何時の事だったか、彼女と互いのことを話しながら「不毛だ」と罵り合った気がする。本当にその通りでしかなくて、微笑んだ筋肉がぴくり引きつりそうだ。今考えてみても、彼女は俺自身だったのだ。向かい合わせれば、合わせ鏡のような、そんな。

「あ、○さん!…えっ?」

黒子っちの声に釣られたようにしてそちらを向くと、走り去る○っちの姿と、お手洗いから神妙な顔で出てくる桃っち。 おいおい、笑えない展開にあんたがしてくれちゃってんじゃないっスよ。 そう思ったときには、走りだす己の脚に苦笑い。協力者が心配だなんて、どこの少女漫画だよ。「ちょっと行ってくるっス」なんてセリフだけ残して走り去るなんて、彼女のことが気になりますーって態度そのものに見えるんだろうな。

(そういうわけじゃなくて、あの空間から逃げ出したかった。なんて、そっちのほうがよっぽど笑えるか)


 side:K

(120718)
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