彼らが出会った同時刻頃だろうか。名前もまた、青峰の彼女である桃井と落ち合っていた。偶然出会った彼らと違い、2人は以前から今日出掛けることを約束しており、また久々の再会に胸踊らせていた。誰かが「異性と会うよりは同性と合う時のほうがオシャレに気合が入る。だってチェックが怖いもの」と言っていたが、まさしくその通り。彼女たちの格好といえば普段は巻かれていない髪の毛がくるくると渦巻いて、そのオシャレは爪先にまで行き届いている。家では某国際的に安価でシンプルな洋服を売っている国内メーカーのルームウェアでいる事が多い名前だが、今日ばかりは綺麗にムダ毛処理された脚を惜しげもなく披露している。もし、この場に黄瀬いたのならば、泣きながら彼女に脚を隠せと懇願していただろう。

「久しぶりだね、元気だった?」
「もちろん。さつきちゃんも…相変わらずみたいだね」
「え?」

きょとんと首をかしげた桃井に名前はジェスチャーする。ちょうど服で見えるか見えないかの位置にある、青峰のマーキング。はっとした彼女は必死に首元の服を引き上げるも、その努力は実らない。後にお手洗いにダッシュし、ファンデーションで隠したのは別の話。そんな彼らの営みについて名前は思案する。そう、黄瀬と彼女の間にそういった営みは行われていないのだ。別に清い交際をしようと言ったわけではない。互いにそういった事にも興味を持ち始め、それなりに欲もある年頃だ。それに彼らは寝食を共にするようになった。故に黄瀬の…というよりは、男性の朝に起こりうる生理現象も目にしたことがある。先も述べた通り、清い交際をしようと言ったわけではない。ただ想像できないのだ。黄瀬と自身がそういう行為を行うということが。ただ恥ずかしいのだ。誰よりも大切な相手とそういう事になるというのが。

「さつきちゃんはさ、青峰くんとする時って…どういう風にさ…」
「するって、なにを?」
「なにって…ナニっていうか…その、えっち?」

ボフッ。効果音をつけるとしたら、その言葉がしっくりくる。そんな勢いで顔を赤くする桃井に名前もまた赤くなる。これが所謂、女子トークってやつだろうか。同性故にオブラートに包まれない会話も行えるというか。尋ねられた桃井も悶々と考える。きっと目の前の彼女、カップルは『まだ』なのだろうと。とはいえ、彼女たちと自分たちの関係は決定的に違う。桃井と青峰は幼馴染だ。互いをよく知り、分かり合ってるというのもひとつ。これは決定的というほどではないか。しかし、もう一つの点は歴然としている。彼氏である青峰の強引さがそうさせた、とも言えるからだ。これに関しては名前の尻にしかれ、強引さに欠ける黄瀬には不可能ではないだろうか。なんぞと縋る目で此方を見てくる彼女に言えるはずもなく。

「そのー…なんていうか、雰囲気だよ」
「雰囲気か…でもね、さつきちゃん」
「うん?」
「私ね、そういう空気っぽいことになった時に、涼太とはしたくない…みたいなこと言っちゃって…どうしよう」

そういえば以前、青峰に泣きついたような電話がかかってきたのだが…相手は黄瀬で内容は似たようなことだった、気もする。しゅんと項垂れる名前に直接は言えないが、きっと彼が手を出せないはその一言のせいだと桃井は考えた。手を出されず悩む名前の気持ちもわかるが、生殺しに耐える黄瀬の苦労は相当なものだろう。心の中で思わず合掌した。

「でもほら、同棲してるんでしょ?2人って」
「同居だもん」
「うん、同居でもいいんだけど、一緒に住んでるんだから自然としちゃうと思うんだよね」

そう言って微笑んだ桃井を名前は凝視する。彼女は本当に優しい。時に厳しいこともある。だからあんなトンデモ連中の中でマネージャーなんぞやってのけたんだろうけど。桃井の顔をひとしきり見た後に、彼女は視線を下に移す。きっと彼女の豊満な胸は青峰の努力の結晶なのだろうか。無理やり寄せ集めても敵わない己の胸にそっと溜息を落としたのはだれも知らないのだろう。

* * *

そもそも彼女たちは互いの水着を選ぶために街に繰り出していた。名前から持ちかけられた答えにくい相談について話しつつ、目的の物を購入した彼女たちは最近できたというカフェを目指し歩く。試着で目にした桃井と自身の現実の差に泣き崩れそうになった名前のことはこの際なかったことにしておこう。今も恨めしそうに桃井の胸元をチラ見する彼女は些か滑稽である。目指していたお店が見えてきた頃、テラス席に見知った高身長の二人組が居ることに気づいた。しかも片方はべそかいている。なんと哀れな。

「あれってさ、涼太だよね」
「うん。たぶん今コーヒー飲んだの大ちゃんだ」
「ねえ、さつきちゃん。私の目がおかしくなければ、涼太泣いてるよね」
「名前ちゃんの目は正常だよ。あのイケメンはきーちゃんだよ」

なんであんな目立つ場所で泣いてるのだ。頭を抱えたくなる現実に彼女は一気に疲労を感じた。腐ってもイケメンモデルで通っているというのに、情けないというかなんというか。彼女たちが一歩一歩お店に近づいていると、さすがは黄瀬というか。彼の名前レーダーが発揮されたのだろう。何かに気づいたかと思えば、満面の笑みで名前に手を振っているときた。先ほどまでべそかいていたというのに、なんという切り替えの速さだ。隣に座る青峰は呆れてものも言えない顔をしている。そんな黄瀬に気づいた名前は「あんのバカ」とだけ残し、すたすたと黄瀬の元に駆け寄る。側にやって来た彼女になにやってるんだとどつかれた黄瀬はファンには見せられないほど緩んだ顔をしていて。

「大ちゃん」
「おう。名字と出掛けてたんだな」
「うん、水着買ったの」
「へー…うち帰ったら見せろ」
「えー。ところで大ちゃんはなんできーちゃんと?」
「あーー…、偶然なんだが例のセレクトショップで会っちまってよ。んでアイツが泣きついてきて」
「きーちゃんってば、恥ずかしい子」
「泣きついてきた内容も恥ずかしいヤツだよ、ったく」
「内容って?」
「名字とヤレねえってよ、馬鹿馬鹿しい」
「え?」
「あ?」
「それほんとう?」
「嘘ついてもメリットねえだろうが」

青峰から告げられた事実に桃井は口元に綺麗な弧を描く。なんだかんだで彼らは同じ悩みを抱えていたのだ。互いに互いを想いすぎて一線を超えられないなんて、とても可愛らしい2人だ。しかし、そんな彼らの悩みももうすぐ消えるのだろう。そう帝光の参謀であった桃井は考え、幸せな吐息を吐く。

(120729)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -