勤労学生、今日も一日がんばります。ぺちっと、気合を入れるべく頬を数回はたく。本日は誠凛バスケ部の使いっぱしり名字名前ではなく、駅前カフェ「dolce」の店員 名字名前である。外装も内装も小奇麗で可愛らしい印象がもてるここの制服は、もちろん言うまでもなく可愛らしい。女性はひざ丈の花柄スカートに白いレースをあしらった同系色のブラウス。そしてシンプルなエプロン。男性は白いブラウスに清潔感のもてる紺色のパンツ。そして同じくシンプルなエプロン。すべてマスターである伊佐木さんセレクトだ。正直ここにバイトすることを決めたのはこれが決定的な理由だったのかもしれない。とはいえ、この制服を着ているのは私と先輩バイターの竹井さん、花江さん…以上である。


「今日はやたらと人が多いですね。」
「あー、なんかね、マスターが雑誌の撮影を受けたらしくって。」
「え?伊佐木マスターが?」
「ちげぇよ、花江も言葉足らずだな。うちのカフェでの撮影をマスターが許可したんだよ。なんか人気モデルがくるらしくって、そいつ目当ての客っぽいぞ。」
「おぉ、竹井くんさすが」
「さすがです、竹井先輩!」
「お前ぇらがマスターの話聞かなさすぎんだよ」

お世辞にもいつも忙しいとは言えないカフェだが、今日は繁盛、繁盛、大繁盛である。ここはモデル様様といったところか。おかげ様で竹井先輩の眉間のしわは濃く、深く刻まれているのだが。そこをそっと指摘すると「花江と名字の所為ってのが8割以上だがな」と小突かれてしまった。

「で、その人気モデルって誰なんですか」
「しらね。女性客多いし、男なんじゃね」
「はいはいはーい!花ちゃん知ってるー」
「…マスター、アイスカフェモカ追加」
「ちょっと!竹井くんスルーひどい!…んまぁいいや、名前ちゃんは聞いてくれるよね」
「もちろんです!」
「さっきね、そこのテーブルの女の子たちの会話が聞こえたんだけど…なんと!あの!黄瀬涼太くんが来るんだって―!」

すごいでしょー、やばいねー。ニコニコと報告してくれる花江さんを前に「黄瀬涼太」とオウム返し。その名前、つい最近聞いたぞ。いや、つい最近会ったばっかりだぞ。しかも一番会ってはいけないタイミングでご対面してしまったあの日を思い出してぞっとする。泣いてる姿を見た後だ、どういう顔すればいいのだ。私が逆の立場なら絶対に会いたくない。そう考え、キッチン内でマスターと談笑する竹井さんに「私、今日はホールでたくないです」とわがままをぽろり。もちろんふざけた事ぬかしてんじゃねぇぞという笑みとともに却下されたわけだが。

「うー、やだー」
「あらあら、名前ちゃんってば黄瀬くんに会うのいやなの?勿体無い」
「いやっていうか、なんていうか」

もごもごと口ごもっているとカランカランと来客を知らせる音。げぇ、来たか。そう思いつつも愛想を振りまいた笑顔で「いらっしゃいませ」とマニュアル通りの台詞を告げる。が、そこにいたのは予想とは違う、一回り小さな影。

「あれ、黒子くんだ」
「名字さん、バイト先ってここだったんですね」
「うん…言ってなかったっけ。駅前のカフェだって」
「そういえば降旗くんがそんな事言ってたような」
「あれ…ま、どうでもいいや。お好きなところへどうぞ、と言いたいんだけどご覧の有様でして」
「ですね。今日は何かあるんですか?」
「あー、うん。黄瀬くんの撮影があるみたいで」

黄瀬くん、ですか。そう呟くと思案顔を浮かべる黒子くん。そういや黄瀬くんの思い人だったっけ、黒子くんって。あんな熱烈な愛情を一身に受けてるんだもんな。今日くらいは勘弁してほしいって所なのかもしれない。

「申し訳ないですが、今日のところは遠慮しておきますね」
「だよね」
「だよね…ですか?」
「あ、こっちの話」
「また今度、名字さんがシフトに入ってる静かなときにお邪魔しに来ます」
「ぜひぜひいらしてください」
「それじゃ…あ、そういえば監督が来週手伝ってほしい事があるっていってましたよ」
「リコ先輩が?了解です。それじゃ、また学校で」
「はい、学校で」

リコ先輩、一体何の用なんだろう。黒子くんが見えなくなったところで、小さく振っていた手を止める。と同時に後ろから衝撃。あ、ちょっとめんどくさい香りがする。「さっきの誰なのよー花ちゃんにも教えてー」「おも…痛いです、花江さん」「重いってはっきりいってやれ」「今日の竹井くん、辛辣!」

(120630)
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