今日の練習試合には海常も来るという話を名前が聞かされたのは、つい先程のことだ。というのも、ここ最近の練習へは流行り風邪を拗らせてしまい参加できず。久しぶりにやってきたのが、今日というわけだ。名前が誠凛のマネージャーを勤めだしたのは、季節が秋に変わった頃だろうか。どこから収集してきたのか、名前が帝光のマネージャーだったという話を聞きつけたカントクに誘われるがまま、首を振れずにサインをして今に至る。中学の頃にも一緒に青春時代を過ごした黒子とも同じ、というところが救いだろうか。


「海常ってことは、涼太くんもくるんだよね」
「2軍の皆さんが来ない限りは、そうなりますね」


比較的大人しい女子の部類に入る名前と黒子の波長はよく合う。ただ単に火神あたりの男子を苦手としている、というのもあるのだが。コートの準備をしながら話すは、今日の練習試合相手のことだ。黒子の話を聞く限りでは、名前がマネージャーになるまでに、黄瀬やら緑間やらとは何度か再会し、試合を行なっているようだ。「いいなー」と微笑む名前に「これからたくさん会えますよ」と返す黒子。何の根拠もない一言だが、彼らだけにしかわからない何かがあるように思えた。


「これ洗ってくるね」


洗い物を片手に黒子に告げる。秋も終わりかけているというのに日差しはまだまだ衰えず、眩しい。見上げた太陽はどこか黄瀬のことを思い立たせる。もしも彼と再会できる時間があるとするなら、それは実に半年以上ぶりとなる。密かに彼に想いを寄せていた名前としては、ちらりとでも姿が見えれば、それはそれで満足なのだ。


(なーんて、マネージャーはマネージャーで裏方のお仕事が忙しいか)


帝光時代もそうだったように、誠凛でも表方の仕事よりも裏方の仕事を進んで熟す名前は、コート上へ顔をだすことが少ない。寂しく思う気持ちもあるのだが、彼らを影で支えていると考えると自然と力が出てくる。洗い物をする手を止めず、鼻歌を歌っていると「名前っち?」と先程まで聞きたくてしょうが無いと思っていた声が聞こえる。


「やっぱり、名前っちだ」
「りょ、涼太くん?」
「お久しぶりっスね」


文字通り久しぶりに会った彼は、大人っぽくなっていた。それは歳月が織り成す魔法なのか、年頃の男の子の成長は早いのか。どちらにしても名前は黄瀬に想いを寄せているのだ。半年たった今も変わらず、彼のことを好きだと思っている。叶わないと思い蓋をした思いが、少しずつすこしずつ溢れ出している音がした。


「か…っこよくなったね」
「そうっスかね?名前っちも可愛くなったっスね」
「や、やめてよ」


控えめに笑い、遠慮する名前に「お世辞なんかじゃないっスよ」と笑う黄瀬。二人を取り巻く空気は甘く、中学時代を彷彿とさせる。他愛もない話をしていると遠くから黄瀬を呼ぶ、先輩らしき男性の声がする。「やべっ」と漏らした彼は少しだけ焦ったような仕草を見せる。


「行かなくてもいいの?」
「んー、いきたいのは山々なんスけど…」
「けど?」
「せっかく名前っちと会えたのに、勿体無いなって。ほら!名前っちって試合してても、裏方の仕事に回るっしょ?」
「…よく知ってるね」
「だって、ずっと名前っちのこと見てきたんスよ」


真剣な音色で響いたそ言葉たちに、名前の目は見開く。冗談ではない、そう云うような目は名前を貫いて逃がさない。何か返したいのに、どういう意味なのか問いたいのに、からからに乾いたように張り付く喉からは空気の漏れる音しか出てこない。そのうち黄瀬を呼んでいた声は、怒号へと変わっていく。さすがに不味いと思った彼は「あー…」と情けない声を出していた。


「まー、そういうことなんスよ」
「そ…う、いうこと、って」
「好きっスよ、名前っちのこと。こんな時にいうことじゃないっスよね…あー、言い逃げみたいになるんスけど、そろそろ行かなきゃマジやべぇんで…また、今度」
「え、あ…涼太くん!」


名前が黄瀬の名を呼んだ時には、彼の姿は自校の部員と混じってしまっていた。鼓動が驚くほど早鐘を打つ。火照った頬の熱を冬が近まってきた様な風が拐う。蓋をして仕舞っていた『好き』は溢れだし、留まることを知らないようだ。聞き間違いじゃなければ、思い違いじゃなければ、良いように捉えていいのだろうか。

(これは、そういう事なんだろうか…)

真剣な眼差しで名前を見ていた彼の頬もまた熱を帯びていたことを、彼女は知らない。


世界はじまり


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▼螢華様リクエスト
黄瀬くんとおしとやかで大人しい感じの帝光出身ヒロインちゃんが、誠凛と海常の試合で偶然再会するお話。
両片想い→両想いな切甘なお話。
リクエスト、有難う御座いました。
120708
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