今年もやって参りました、花火大会の季節。数歩前を歩く黄瀬とその他大勢、と無駄に気合の入った私。薄いピンクの浴衣はまるで彼への恋心と淡い私の期待を表しているようで自嘲気味な笑いが漏れる。履きなれない下駄の鼻緒と指の間の皮膚は擦れて、少しだけ、痛い。

『一緒に花火大会いこーっス』

あの日、太陽が照らす黄瀬の髪の毛は、文字通りキラキラと眩しかった。想い人から誘われるなんて夢にも思わなかった。いつかは行きたいと願っていた、いつかは彼とそんなイベントにと願っていた。現実、それが起こるなんて。 ―…まあ、そんな甘ぁい期待は尽く裏切られたのだが。

カラコロ、カラコロ。前方の集団には私以外にも桃井さんが彼女の白い肌によく映える、紺色の浴衣を着て彼らと並んでいる。なんて、似合わない色を選んでしまった自分を悔いてもしょうが無いのだが。視線を落とし、少しだけため息をこぼす。そんな私に気づいたのか、気づいていないのか。おそらく食べ物の屋台に気を取られたであろう、紫原が「名前ちん、元気ないのー?綿菓子、たべる?」と謎の気遣いを見せてきた。そんなにわかりやすいのか、私は。


緑間いわく「ここが穴場スポットなのだよ」という場所へとたどり着く頃には、ヒリヒリと傷んでいた箇所はどうやら麻痺したようだ。みんなが並んで座っている中、こっそりと黄瀬の横を狙い、座る。

「おっ、名前っちだ」
「おう」
「今日は来てくれてありがとうっス」
「いえいえ、どういたしまして」
「浴衣、似合ってるっスね。可愛い」

へらり、と笑って告げられた言葉に体中の熱が顔に集まったのがわかった。良かった、今が夜で。こんな暗がりじゃなきゃ、誂われておしまいだ。とはいえ可愛くない私の口は「お世辞を、ドーモ」なんて憎まれ口を吐いてしまう。ああ、本当に馬鹿だ。黄瀬のあの一言だけで、小躍りできてしまうほど嬉しいというのに。

「ほんとのことを言ったまでっスよー。俺、お世辞とか苦手っス」
「…調子乗るから、ほんと」


黄瀬が何かを呟いた時とあまり変わらない瞬間、ドーンという大きな音が聞こえる。たまやーなんてはしゃぐ青峰の声をBGMに、打ち上がった花火で照らされた黄瀬の顔は、どこか憂いを帯びている。

「は…、いはい、名前ちゃんは可愛いですー」

触れてはいけない扉に触れた気がして、いつものノリで返すと彼は困ったような笑みを浮かべた。「そっスね、名前っちは可愛いっス、ほんと」そんな悲しい音色で言われても嬉しくないんだってば。上空にある花火を見上げなくちゃいけないのに、視線は自然と下方していく。

ごめんね、私はまだまだ弱いんだ。もうちょっとだけ、この関係に甘えていたいんだ。一歩踏み出して壊れてしまうのが、怖いんだ。


残ったものは伝わらないばかり

次に花火が打ち上がった時、呟いたは彼に届いたのか、否か。

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黄昏様 企画提出分
120708
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