京都は夏は暑いのだが、冬は冬で、凍えるように寒い。これが盆地の定めというか。心身ともに冷えきった私には今年の冬は絶望ものである。

あの文化祭以来、赤司くんとは必要最低限の話しかしていない。届いた添付ファイル付きメールにもそっけない返事しか返せず、翌日には友人に泣き崩れるように事の顛末を話したまでだ。「まあ、赤司くんってイケメンやし。東京に彼女いてますー、言うてもなぁんもおかしいことないやろ」と笑った彼女に思わず殺意が湧いたのは、ナイショだ。当の赤司くんも冬は冬でうぃんたーかっぷ?とやらがあるらしく、そちらに本腰を入れて部活に専念しているらしく。きっと私のことなんて、1ミクロンも考える隙間はないのだろう。


「今年もクリスマスは女同士で独り身パーティーの予定になるとは、思いもよらへんかったわ」
「花の女子高生やのに…」
「いうても、私は独り身ちゃうからな!彼氏がバスケ部で大会に行くから…」
「ばす、け、ぶ…」


バスケ部って単語が地雷なんかい!と言わんばかりに、頭をごしごしとなでられる。告白もしてないくせに、失恋してうじうじしている私を突き放さない彼女に感謝しつつも、考えるのは赤司くんのことばかり。あと数日で洛山バスケ部は大会のため、拠点を東京へと移してしまう。その前に会って話して、ちゃんと告白してから振られたい。なんて思ってはいるんだけど、行動に移せず仕舞いだ。


「ほんまにな。ぴしーっと告白しといたらええんちゃう?」
「わかっとるけど…」
「ズバッと振られたほうが、諦めもつくんやしさ。ほれ、赤司くんメールで呼び出しいや」


ぽいっと投げられる携帯のディスプレイには、すでに彼宛のメール画面が開かれている。ここで送らなければ、女が廃る。京女、舐めたらあきまへん。その一心で、今までの自分を払拭するが如く指を走らせる。どうせ届かない人ならば、今日一日、1ミクロンぐらい私のことを考えてもらいましょう。


「お、送ったった…」
「ようできました。なになに…『お話がしたいです』って、あんた!あれだけ意気込んだくせにこれだけなん?」
「全力出しても、それが私の限界どすー」
「京都弁だしてきても無駄どすー。赤司くんからなんか連絡あるやろうし、ええんちゃう?」


数分後、チカチカと受信を知らせるイルミネーションに緊張がぐっと高まったのは言うまでもなく。


「遅くなってごめんよ」
「ええよええよ!私が呼び出したようなもんやし…」


帰ってきたメールに書かれていたのは『部活終わりに、体育館裏で』という至ってシンプルなメールだ。赤司くんらしいといっちゃ、彼らしいのだが。如何せん、メールを送ったのは午前中だ。放課後、部活が終わるまで、この時間が嫌に長く、私の精神力を削ぎ落したのは間違いない。


「ちゃんと話すのは久しぶり、かな」
「せやね…お互い忙しゅうしとったさかい…」
「うん…さっそくだけど、話ってなんだい?」


にこり。そんな彼の笑顔は、やはりあの日「さつき」と呼ばれた彼女に向けられたものとは違う、仮面を被ったような顔だ。一瞬怯みはしたものの、メールを送った時点で覚悟は決めていたのだ。結果は見えているのだから、もう、言うしかないのだ。


「あ、あんな、私、好きな人がいてるんよ」
「うん」
「めちゃくちゃ素敵な人やねん…でもな、彼女がいてるみたいで諦めよう思うて」
「うん」
「だけど、やっぱ踏ん切りつかへんくって。ちゃんと言おうって決めたんよ」
「…うん」
「えっとな、私、赤司くんのことが、好― 」
「ストップ」
「…え?」


あかん、伝えることすら許されへんねや…。俯いたまま絞り出した声はか細く、彼に届かせるには小さすぎたかもしれない。でも私なりに一生懸命出した言葉だ。あゝ、遮られてしまった。ちりりと焼ける胸は酷く痛みを増す。俯いた視界が揺らぐのを感じた。まだちゃんと振られてもないのに、泣くなんて。


「め、迷惑やんな…ごめん、彼女おるって分かっててんけど、その」
「違う…違うんだ」
「違うって、何がちゃうの…」


涙を堪えて前を見やると、額に手を当てたまま頬を染める彼の姿。 ― どういうことなん ― 疑問符と困惑と、いろんな感情が入り混じるなか、彼の出方を伺っていると不意に目が合う。ふっと呆れたような笑顔を浮かべると、一歩、私に近づいた。


「ほんっと、名字さんって卑怯だね」
「え、よう分からへんのやけど…」
「離れてったかと思うと、こうやって、さ…ほんと、狡い」
「やって、赤司くん彼女おるんやろ?いくら遠距離でも、仲いい女の子なんて邪魔なだけやと思って」
「誤解だから、それ」
「ご、かい?」
「うん。彼女なんていないよ」
「おらへんの…?」
「そりゃあそうだよ。だって僕が好きなのは、出会ってから変わらず名字さんなんだから」


くいっと引かれた右腕は、いつかの感覚によく似ている。重力に逆らえず、辿り着いた先は赤司くんの腕の中だ。「うそ」と呟くと「嘘じゃないよ」と腕の力を強められる。あかん、せっかく引っ込めた涙がまた出てきそうや。



京都の冬の、しんとした空気は私達を優しく包み込む。木枯らしに乗って香る彼の匂いがこれは現実だと教えてくれた気がした。

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120707
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