天高く馬肥ゆる秋。我が洛山高校にもイベントの秋がやってきた。浮足立つ空気の中、一人気がめいっているのは他の誰でもない、私だ。


「結局赤司くんとは何の進展もなかってんなぁ」
「うぅ、言わんといてぇよ」
「インターハイ予選で2人っきりにしてあげてんよ?」
「か、かんにんしてやぁ…」


そうだ、あの2人きりの空間になった時も結局何の進展もなかったのだ。手を伸ばせば届く距離にいた彼は今は遠く。隣だった席は端と端と言う、天の川に隔たれた織姫と彦星のようになってしまったのだ。草食男子だとか、肉食女子だとか。世間では色々と呼び名があるらしいが、私のようなタイプは、さしずめ『ヘタレ女子』だろうか。


「気落ちしてるところ悪いんやけど、明日は文化祭なんやから、気張ってや?」
「わかっとるよ…せやけど、この衣装はどうにもならへんかったん?」
「クラスで決まったものなんよ?今更どうこう言うても、な」


苦笑いをする友達と、明日の衣装を広げる。このクラスは何を目指したかったのだろう。メイド喫茶・執事喫茶ならぬ、警官喫茶とは…


『普通の喫茶店じゃおもろないし、メイド喫茶なんてありきたりすぎや。そうや、ミニスカポリス喫茶や!』

そんな男子の一言により結束された我がクラスの女子は皆、婦人警官のコスプレをしている。ミニスカ部分は女子で大反対したのだが、すんなり通ってしまった衣装に自然と眉間に皺が寄る。だがしかし、ここは警官喫茶。つまり男子も警官のコスプレをするのだ。視界の端に捉えた赤司くんの警官姿に、頬が赤らむ気がした。


「名前、似合うてるやん」
「冗談ならやめてーや。ほんま嫌やねん、こういうの」
「愛しの赤司くんの警官姿をみても、そないなこと言えるん?」
「いえっ…、へん…」


せやろなぁ、と意地の悪い笑みを浮かべる友人に背を向け、喫茶の準備に入る。私がホール係になるのは午前中だけ、の予定だ。あとは明日の午前中はキッチン係で、ほかはフリー。確か赤司くんは今日一日ホール係で、明日は一日フリーだったはずだ。午後はお客となって、赤司くんから給仕を受けるのもありかな、なーんて。
だらしなく鼻の下が伸びていたのだろうか、クラスメイトに「きんもい顔してんで」と背中を叩かれてしまった。


「いらっしゃいませ、何の容疑でしょうか?」


容疑…というのは、カフェのメニューであるコースの別名である。善良なお客さんに容疑を吹っ掛けるなんて、なんだか気が引けるのだが「こういう台詞言うた方が臨場感があるんや!」なんていう訳のわからん根拠を元に通った案だ。ちなみに盗撮容疑だと、お気に入りのホール係と写真が撮れるという謎の仕組みだ。
今のところ私には盗撮容疑のお客さんがいないところが救いだろう。あと20分ほどで午前の部が終わる。疲労の溜息を吐くと「お疲れ」と、それだけで疲れが吹っ飛ぶような声色が聞こえた。


「あ、赤司くん」
「ホール係って案外疲れるんだね。僕、中学では裏方しかやったことなかったんだけど」
「そそそ、そうなんや!結構脚にくるやんな!」
「うーん、まあ、名字さんは、ね」
「あ、そうやね!赤司くんは運動部やけど、私は帰宅部やもん」


他愛もない話をするほど暇なのかと言われれば、少しばかり暇だ。この時間帯はうちみたいなカフェよりも、がっつり食べれるような場所が賑わうのだ。キッチンの友人にもらったココアをくいっと飲む。疲れた体に甘いものは染みわたるものだ。


「名字さんって午後はフリーなんだっけ」
「せやで。赤司くんは一日ホールやんな…」
「まあ…その分、明日はフリーだからね」
「どっちが得なんかな…」
「そうだ、名字さんってホールは今日限りだっけ」
「うん、明日はキッチンにおんで」
「じゃあ、暇な今のうちに写真撮っておこうか」


こっち寄って。そう言って肩を引かれ、赤司くんが数センチの位置にいる。ドキドキと早鐘を打つ心臓も、微かに触れたところから熱を持つ体も、どうにかして本人に悟られまいと平然を装う。カシャッという独特の音と不自然な私の笑顔。「これ送るから、連絡先教えてもらえる?」という魔法の言葉によって、私の携帯のあ行に増えた名前に口元がっゆるんだ。


のが、午前中の話だ。午後からは友人と周る予定だったのだが、どうやら部活動でもなにか出しているらしく、急遽そっちの手伝いに向かうことになったらしい。とぼとぼと廊下を歩いていると、いつのまにやら自分のクラスのお店へと戻ってきたらしい。せっかくだし、今朝考えていた「お客さんとなって赤司くんに給仕してもらう」計画を遂行することにしよう。そう思いお店を覗くと、赤司くんは見慣れない人たちと楽しく談笑していた。


「全く…どういうつもりで京都まで来たんだ」
「どうもこうも、コイツが行きてえってうっさかったんだよ」
「あ、青峰くんひどい!だってだって、インターハイで会えず終いだったのって、赤司くんだけなんだよ?」


どこからどう見ても「美女」と呼ぶに相応しい女の子と目付きの悪い男の子と、赤司くん。やたら親しげな雰囲気に思わず尻込み。彼女をみる赤司くんの目が優しげに細まった時に、どこかで私の恋が終わる音が聞こえた。


「ったく、さつきは…。これだから僕の大切な人たちってのは目が離せないな」
「そんな事言わないでよ」
「へーへー、よくそんなことが言えんな」


大事そうに名前を呼ばれた女の子へとかけた『大切な人』という単語が追い打ちをかけるように、私にダメージを与える。以前、私に彼氏はいるかと赤司くんが問うたことはあったが、彼にそういった類の人がいるかどうかは問うたことがなかったし、いないもんだと思い込んでいた。それはもちろん私だけの悲しい勘違いだったわけだが。

人間、一日で天国と地獄を味わうことができるということを知ったのだが、できることなら、こんな悲しみは知りたくなかった。



ひらひらと落ちゆく木の葉は、まるで私の恋のようだ。

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120707
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