火神、火神、 …―僕の意識の中の彼女が笑う。嗚呼、これは青春時代の記憶だ。息遣いが聞こえそうなほど近くで星を見上げた夜や、互いの汗が分からなくなるほど強く握った手や。どれもが鮮明に思い出される。それはそれは手を伸ばせば届きそうなほど。あの時のキスはとても甘かったな、あの時は涙の味がした。照れて頬を染めた名前が可愛くて、そっぽ向いてしまったあの頃の自分は本当に勿体無い事をしていると思う。少ししてから気付いたのだ。その瞬間の一番可愛い彼女は自分だけしか見れないものだと。

今となってはすべて『後の祭り』である。

規則正しい電子音が鳴り響く白い世界にふたりきり。あの頃よりも少し冷たくなった名前の手は見るからに弱弱しく、儚い。彼女が目を覚ますのはいつなのだろうか。清潔感漂う衣類を身にまとった人々は皆、口をそろえて『いつになるかは判らないが、必ず目を覚ます』と。果たしてそのいつかはいつなのだろう。
名前と初めて笑い合った日も、その理由もなんとなくしか思い出せないくらい昔なのに。そんな日々が愛おしくてしょうがない。彼女が初めて「大我」と呼んでくれた日は思い出せないのに、その日がなにより輝いたのが昨日の事のようで。

初めて手を繋いだ日よりも女性らしく、けれども細くなった名前の左手をそっと捉える。薬指の光る存在に気づいたら笑ってくれるんだろうか。それとも泣いてしまうのだろうか。ここ数年は目を閉じた顔しか観ていないんだ。なんでもいいのだ、早くその顔に表情を浮かべておくれよ。

能面となった彼女の顔へ、そっと耳を近付け呼吸音を確かめる。赤みが宿る唇へそっと同じそれを落とす。あーあ、あんなに丁寧に手入れしていたのに、カサカサではないか。馬鹿野郎が、早く起きて手入れしないとひび割れちまう。



二度目の朝はどうして遠いのだろう。君の笑顔の理由は作っておいたというのに。

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1000hits・火神くん
夢と呼ぶには足りないものだらけ
わからないよ、火神くん

image song/スルツェイ
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