ようやく休みが重なったと聞かされた日、試合の前日でもこんなふうにはならないってくらいに目が冴えていた。もう一人の、自分を客観的に見れる自分がいるとしたら、きっと呆れ返った顔で浮かれポンチかよと悪態を吐いているだろう。容易に想像できて、自嘲的な笑いが緩んだ口元からこぼれた。
 彼女の部屋を訪れ、今日はどういう風に過ごすのかと尋ねれば、久し振りのオフだから買い物に行きたいと。よくある買い物デートにも思えるが、相手は社会人。かくいう自分は学生も学生。部活動に明け暮れる、貧乏学生だ。懐の温かさは赤道付近の諸外国と南極北極ぐらいの差があるだろう。自分のため、バスケのために小遣いは使うため、年中ジリ貧もいいところだ。そんな彼女と買い物デートなんて、惨めになること、この上ないだろう。
 そういう気持ちは表情に出ているらしい。きょとんとした彼女と目が合うと、くすりと笑って
「大輝、怖い顔してる。私と買い物に行くの、嫌?」
 だと。もちろん嫌なんて事があるわけもなく。唯一、彼女に勝っている点である身長差を活かして、彼女の頭にぽんっと手をおいた。
「行く」
 あまり素直になれない点は、我ながら子供っぽいと思う。きっと数歩も先に社会的に大人になった彼女には、手に取るようにわかるのだろう。嬉しそうにも見える笑顔は、どこか馬鹿にしているようにも見えた。

 女性との買い物となれば、こういう、荷物持ちと呼ばれるポジションについてしまうのは必然で。彼女も彼女で、久し振りの買い物らしく、やけに財布の紐が緩い。あれもいい、これもいい。そう言っては手に取り、購入する。試着はしなくていいのかと聞けば、入らなかったら入るように痩せるまでと笑っていた。逆の事を考えないのがなんとも彼女らしい。
 デートかと言われれば、デートとは言いがたい状況にテンションは下がる。彼女も自分も荷物を持っているが故に、手を繋ぐことなど出来るはずもなく。なんというか、これって、
「さつきと出掛けんのと買わんねぇな」
「え?」
「女の買い物に付き合うのって、誰とでもこういう感じなんだなって思って」
 俗にいう可愛くない態度だと自分でも思った。頬に力を入れたつもりはなかったのだが、店内に設置されている鏡には、口を一文字に閉じて眉を寄せる自分の姿が映しだされている。自己嫌悪に陥ってしまいそうなことを知らない彼女は、気に入ったのであろう服を片手にふふっと微笑んだ。
「それなら、さつきちゃんも誘えばよかったね」
 何言ってんだこいつ。真っ白になった脳内で浮かんできた言葉は、この一言。本当に、何言ってんだこいつ。久しぶりに会ったのに、ようやく二人でデートができているというのに、なんでさつきなんかと。
 気持ちもテンションも急降下。自己嫌悪に、さっきの彼女の発言。さっき鏡越しに見てしまったものより酷いかおになっているだろう。なぜなら今度は表情筋が動いたことを自覚したのだから。
 不機嫌さを隠しもせずに彼女を見つめる、否、軽く睨んでいるとふと目があった。すると彼女は謝るでもなく、さも愉快そうに笑う。なにがそんなに楽しいのかさっぱり分からない。というか、わかるためのヒントはないに等しい。威圧するように彼女に歩み寄っても、さらりとかわすようにレジに歩いて行ってしまった。ふと中学の頃に部員とみた、ネコが必死に水を掴もうとする動画の一場面を思い出した。彼女はいつもそうだ。するりと抜けていく様は、それによく似ている。オトナの余裕ってやつだろうか。

 手にとっていた服を無事買い終えたらしい彼女は、晴れやかな表情で店の外へやってきた。今度の荷物は自分で持つらしい。誰かへのプレゼントかと尋ねると、悪戯っぽい笑顔で「さつきちゃんへのプレゼントかな〜」と一言。歯痒いったらありゃしない。
「じゃあ今からは大輝の買い物ね」
 そう言うと、彼女は空いている方の腕を絡ませて、にっこりと笑う。今日は何時にも増して笑顔が多い。なんてことを考えている間に、彼女の誘導によって歩みは馴染みのスポーツショップへと向かっているらしい。さして持ち合わせはないと告げているはずだが、そこへ行って何を買うつもりだろうか。顔に出やすいらしく、彼女は楽しげに「見るだけでも楽しいよ」と言った。
 残念だが、彼女がこういう時に何も買わなかったという事は一度たりともない。きっと新しいバッシュがどうのこうの言って、買ってくれる気なのだろう。いつ、どんな風に、彼女に恩を返していこうか。自然と前進していく体とは裏腹に、頭をフル回転させる。果たして高校生のもてる財力で、彼女は満足してくれるだろうか。
「それで、大輝の顔ものが終わったら晩ご飯の買い物行こうね」
 きゅっと力が込められた腕に連動するように、きゅっと心が掴まれる。ああ、そういうことですか。今日はお泊りオーケーということですか。
 途端に緩みそうになった頬を引き締めて、唇をまた一文字に結ぶ。どうやら今日は晩飯のあとに、最高のスイーツが待っているらしい。いや、メインディッシュだろうか。こうやって彼女に手綱を握られる関係が、自分には向いているのかもしれないと思ったのは、彼女には絶対に内緒だ。

アイラビュ/瞳子様リクエスト/130823
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -