※ 原作設定(藍ちゃん≠人間)



 私自身にとって一年で一番大切な日。早朝、博士に叩き起こされた私は、気がつけば藍と肩を並べながら博士の運転する車に乗っていた。窓を流れていく景色から察するに、海が近いことがわかった。既視感のある高い高い壁に胸が踊る。ちらりと隣の藍を盗み見れば、眉一つ動かさないお得意のポーカーフェイスのまま。もしかすると彼はここの事を知らないのかもしれない。
 降ろされた場所はやっぱり私の知っている某テーマパークの駐車場。ドキドキと高鳴る胸を隠すように博士にお礼を言って、入場口まで藍と二人であるく。

「ねえ、藍…ここって私の知ってるところだよね」
「たぶんね」

 チケット売り場で平然とした態度のまま、大人二枚と頼む藍を尻目に私のテンションはうなぎのぼりだった。だってだって、ここって私が行きたいって言ってた場所であって、それを藍が覚えててくれたって考えてもいいってことじゃないのだろうか。
 藍からチケットを一枚もらって、そそくさと入場ゲートを抜ける彼を追いかける。チケットに描かれていたテーマパークの住人のイラストに口元が緩やかに角度を上げていく。だらしないと怒られたっていい。自惚れだっていい。

「どうして突然ここにきたの?」
「どうしてって…、だって名前の誕生日でしょ」

 当然のことのように言い放つ彼に、そうそうこういうことしてくれる彼氏はいないんだよと声を大にして話してあげたい。コンパスの長さは随分と違うのに、小走りでほんの少し追いかければすぐに隣に並べたりするのも、藍が優しいから。きっと彼はそんなことないと言うのだ。ロボットに優しさを求めることが間違っているとか、自分にそう言った感情はないとか。
 目の前に広がる世界各国をイメージしたショップに目もくれず、いつの間にか私が彼を引っ張るような形で、ずんずんと歩を進めていた。
 ここに来るとたいていの人は魔法がかかったといって、耳の着いたカチューシャをつけてみたり、帽子を被ってみたりする人が大半である。もちろん私も例にもれず、ワゴンショップからリボンのついた耳のカチューシャを購入した。藍は終始くだらないという顔をしていたが、私のものと対になった耳を渡せば、どこか満更でもない表情をして「仕方ないな」と一言だけ零した。
 こういうところはちゃっちゃと回って行かなければ、何十分、何百分待ちになってしまう。藍の、人よりも少しだけ温かい手の平を握って、小走りをしようと一歩踏み出す。が、なかなか足は前に進まない。

「ここでは誕生日にシール貰うのが普通なんでしょ?」
「…なにそれ」
「ボクが収集したデータがそう言ってるんだから、ほら」
 
 繋いでいた手の平があっという間に離される。藍はそのまま近くにいたキャストと呼ばれるスタッフに声をかけて、なにやら丸いステッカーをもらっていた。そのまま顔だけこちらに向けると、手招きをされてしまう。せっかく繋いでいた手を離されてしまって正直嬉々として近寄っていくほど機嫌はよくないはずなのに、私の意思に反して、体は藍の方へと歩いて行く。

「ハッピーバースデー、名前ちゃん!」

 にっこりという効果音がついてしまいそうな笑顔で言われて気分が悪くなるなんてことはなく、緩む口元を隠すようにお礼を述べる。すぐ近くから「素直じゃないんだから」という藍の小言が聞こえたが、ここはスルーしておこうと思う。
 貰ったばかりのステッカーを胸元にはり、パーク内をうろちょろしているといろいろなスタッフにお誕生日おめでとうという言葉をかけられた。人生でこんなにも祝福された誕生日は初めてで、気持ちが高揚していく。と同時に子供じみた不満も募っていった。
 だって私はまだ一番祝って欲しい人から、欲しい言葉をもらっていないのだ。こんな素敵な場所に連れてきてもらって不満を漏らすのは良くないのだが、本当は一番に祝って欲しかった。誕生日って単語は何度も口にするくせに、その続きは一向に聞かせてくれない。たくさんのおめでとうを聞くたびに、どんどんどんどん聞きたいって気持ちが膨らんでいくのだ。
 いろいろなアトラクションに乗り終えた後、藍が連れてきてくれたのはジュエリーも買えるというショップのひとつだった。何かを選ぶでもなく店員さんに一言だけ声をかけると、藍は興味もなさげにショウケースを眺めている。気になって隣に並びながら、藍が眺める場所を見てみたのだが、そこに並んでいるのはまさかのペット用のジュエリー。藍がペットを飼い始めたという話は聞いていないし、何よりどうでもいいと言わんばかりの目で見ていることから、これといった理由もなく見ているのだろう。
 間も無くして店員さんが何かを持ってやってきた。それに答えるようにアイドルスマイルを浮かべたい藍が相槌をする。「名前」と名前を呼ばれて手招きされれば、そこにはひとつのネックレスが用意されていた。

「ボクからの誕生日プレゼント」

 程よく装飾されたペンダントトップ。テーマパークのメインキャラクターのモチーフの裏側には二人分のイニシャルが刻印されていて、思わず胸がきゅんと波打った。
 驚いて目をぱちくりしていると、藍の手によって半回転させられた。つけてあげる。その一言で自分が次に何をされるのかわかってしまい、波打った胸が今度はどくどくと大きな音を鳴らす。首元を藍の骨張ったように作られた手がかすめる。人工物。されど藍のもの。藍の意思で動かされる、藍の手。早鐘を打つ体が藍に知られないように、小さく息を整えた。
 こっち向いてという声に惹かれるように藍の方を向けば、今日一番見たかった優しい笑顔が私を見つめていた。

「似合ってる」
「本当?」
「ボクがお世辞なんか言う質だと思ってたの?」
「それは…」
「…誕生日おめでとう、名前」

 ようやく聞けた一言に、今度は胸が締め付けられる。我ながらせわしないと思う。が、そうさせているのは間違いなく目の前の彼で、再確認した途端、なんて幸せなんだろうと実感してしまった。鼻の奥がツンと弾かれたような痛みを帯びたのだって、全部彼のせいで、幸せだからで。

「ちょっと、泣くほど嬉しかったの」

 泣いたら困ってしまうことだってわかっていたけれど、どうしてだか涙が止まらない。ああ、幸せだなあ。その一言を伝えたくて、彼の手を取る。ありがとう。ぐちゃぐちゃの顔で伝えたのに、彼がちょっとだけ頬を赤く染めているのが見えた。ああ、やっぱり私って幸せものだなあ。

ちの様リクエスト/130706
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